「カカシぃ〜!! 今日という今日はぁ〜! 俺が絶対に勝ぁぁぁぁ〜つ!」

 ぐぐぐいっ、と残ったビールを流し込むと、ジョッキを高らかに上げ、おかわり!と叫ぶ。

「なぁーに言っちゃってんのよ、ガイ…。まあたつぶれて歩けなくなったら連れて帰んの俺なんだぞ…?はっきり言って、メーワクだから。それくらいにしとけ」

 あごを突き上げ、泡まで残らず飲み込む。すっかりと据わった目で、同じようにおかわりちょーだい!と店員に告げる。

 お互い何杯飲んだかは、途中から数えるのを止めてしまった。
 しかしどちらかがジョッキを空ければ相手も同じように空け、また次のジョッキをあおる。その繰り返し。

 飲みすぎですよ、と言いたげに苦々しい表情を浮かべた店員が、それでも黙ってビールを運んでくる。
 たびたび店に訪れるこの二人組は、言っても聞かないのだ。どちらかが潰れるまで(しかし、勝敗はいつも決まりきっていた)。
 なにより、ここまでまともに他人の言葉を聞き入れられる状態ではない場合、へたに反抗するより、黙って次の一杯を運ぶほうが単純に簡単であった。

 それからも、呂律の回らないふたりが交わす言葉は、ほとんど会話として成り立っていなかった。
 やれこっちの弟子のほうがスゴイだのかわいいだの、いつぞやの任務でどちらのほうが多く功績を上げただの、好き勝手なことをただただ喋り続ける。
 この管巻きは永遠に続くのだろうか、と店員が何杯目かの中ジョッキをテーブルに置いた直後、それは訪れた。

「…眠い」

 とてつもなく低い声でひとこと、そうつぶやいたあと。
 こて、と顎を支えていた腕が倒れ、そのままカカシがテーブルに突っ伏した。

 あれほどまでにねちこく続いた勝負だったが、終幕は、拍子抜けするほどあっさりとしていた。

 決まりきっていた、と思っていた勝敗の行方とは違った結末に、思わず店員が卓を振り返る。
 それは向かう合うガイも同じで、ジョッキを唇にあてたまま目を大きく見開き、目の前で起こった出来事を認識しようと必死になっていた。

 数秒の停止状態を経て、俺の勝ちだぁぁぁぁ!皆、今日は驕りだぁぁぁぁぁ!という絶叫がこだましたあと、店内は、それはそれはもう異様な盛り上がりを見せた。






「だらしないぞお〜、我が永遠のライバルー!!」

 自らの肩にカカシの腕を回し、引きずりながら歩く。
 いくら日々厳しい鍛錬を積んでいるとは言え、体格のいい男を連れ歩くのは楽ではない。自分自身覚束ない足取りで、それでもなんとかカカシ宅を目指して歩く。
 これまでの飲み比べ対決後の記憶では、気がつけばいつも自宅で朝を迎えるばかりだったガイは、これがいつもとは真逆の光景なのだな、とそれでも勝利の余韻に浸る。

 それにしても驚くべきは、このカカシの無防備な姿だ。
 いつもどこか他人との間に壁を作り、距離を測っていたようなカカシの、ここまで油断しきった表情を見ることなど、互いが子供の時分から肩を並べてきたガイにとっても、はじめてのことだった。

 どことなく嬉しいような、気持ち悪いような、少しだけ複雑な気持ちを感じていると、突然、それまでぴくりとも動かなかった肩の重みが、わずかに軽くなった。

「…カカシ?」

 カカシの口が自分の耳元にごく近いためやっと聞こえるくらいの、本当に小さな声にならないような声で、「サクラ」と呟くのが聞こえた。

 寝ぼけているのか?と疑問に思いながらも帰路を進んでいると、向こうからやってくる人影があった。
 それはガイも良く知った気配の持ち主。

「…サクラ!」
「ガイ先生! …もおー、カカシ先生っ!」

 なるほど、そうか。どんなに眠りこけていても、この気配だけはしっかりとわかるのか。
 半ば感心していると、眉根を寄せながらサクラが近寄ってきた。

「ガイ先生、すみません。カカシ先生がご迷惑おかけして…」
「あ、いや…」

 謝罪の言葉を述べながら、きちんと頭を下げる仕草は、ガイの知るサクラではなかった。
 いや当時から折り目正しい女子生徒、という印象はあったものの、いまのサクラはそればかりではない。しかたないわね、とこぼしながら呆れたような顔をするも、口元に湛えた笑み。これはまさしく、妻の顔だった。

「あとはわたしが連れて帰ります」
「いやあ、俺が家まで送り届けるぞ!カカシも結構重いからな!」
「でも…」

 サクラはしぶったが、これまでの道中の労を思えば、自分よりもだいぶ小柄な彼女にカカシを託すというのも酷な話で、当然ガイは最後まで引き受けるつもりだった、のだが。
 すっかりと体を自分に預け、眠りこけていたはずのカカシが飛び起きた。
 あまりに唐突で、踏ん張っていた膝がかけられていた負荷を失い、思わずバランスを崩してしまう。

「んん〜、サクラぁ〜」

 気がついたときには、覆いかぶさるように、カカシがサクラに抱きついていた。
 それはそれはなんともしまりの無い、しかしとても幸せそうな顔で。むにゃむにゃと口だけを動かしながら、サクラの背中に回した腕に力を込め、体重をかける。

「ちょ、カカシ先生っ! ガイ先生の前でっ!」

 抵抗するサクラになおもカカシはのしかかり、首筋に顔を寄せた。ガイからははっきりと見えはしなかったが、サクラの白い肌がみるみる赤く染まっていくあたり、あまり精神衛生上宜しくないことが行われているに違いなかった。

 あまりのことに呆気に取られていると、サクラにだらしなくのしかかっていたはずのカカシが、気がつけば逆にサクラを抱き上げていた。

「じゃあね、ガイちゃん。ごちそーさん」

 下ろしてよ!とわめくサクラを完全に受け流しながら、カカシは右手を軽く上げてそのまま颯爽と宵闇に消えてしまった。つい先ほどまで、微動だにせず意識を飛ばしていた男とは思えない俊敏さで。

 ふたりの影がまったく見えなくなるまで見送って、ひとり取り残されたガイ。冷たい夜風を浴びながら、焦燥感のような、言い知れぬ寂しさのような強い感情でぶすりと胸を刺された気がして、考えずにはいられなかった。

(…俺も結婚しよう…)




(20140422)


潰れたふりして金だけ払わされたんじゃ、と、ガイがカカシを疑ったのは、それから3日後の話。
⇒(おまけ)そしてその後のカカサク夫妻