風のような速さであっという間に自宅まで到着したかと思えば、扉を閉めると同時に壁際まで追い込み、唇を塞ぐ。
 声を上げようとサクラが口を開いたのをカカシは見逃さず、すかさず舌を割り入れ咥内をまさぐる。息つく間も与えずに。喋れない代わりにカカシの胸に手をあて、ちょっと待ってと合図を送られるものだから、もどかしく、唇を解放する代わりに耳を柔く食んでやる。すると思わず漏れ出す吐息。

「奥さんてば、色っぽい声出しちゃってー」
「カカシせんせ、」
 
 さぞ強気な抗議がやってくるのだろうと待ち構えたが、大きな翡翠の瞳を潤ませ見上げてくるサクラは、ずいぶんと気弱な声で訴えてきた。

「酔った勢いなんて、嫌よ…」

 その上目遣いがカカシの情欲に拍車をかけているとも知らずに。
 今すぐ押し倒したい衝動をなんとか飲み下し、最後の理性でサクラの背中に腕を回し、強く抱きしめる。

「…もおー…」

 細い肩に顔を埋めると、ふわりと香る甘いにおい。
 よしよしと背中をさすってくる手はあたたかく、とても優しい。
 たまらない。こんな拷問ならば、あっという間に陥落してしまう。

「カカシ先生、飲みすぎよ」
「サクラの気配を感じたときに完全に醒めたよ」
「うそ。酔っ払ってなきゃガイ先生の前であんなことしないでしょ」

 いくらカカシ先生でも、と語気強めに付け加えられたのは果たしてどういう意味だったからか。
 確かに彼女がまだ子供だった時分から、少しばかりいかがわしい本は読んでいたけれど。
 今更恥ずかしがるような、うぶな関係でもないくせに。

「だって、かわいい奥さんが迎えにきてくれて、嬉しくなっちゃって」

 ばかね。呆れたふうに言ってみせるその口ぶりは、限りなく優しい。
 顔は見えなかったが、耳まで赤く染めちゃって。

 甘い花の香りは、最近買い換えたシャンプーのにおい。風呂、入ったのに迎えにきてくれたんだ?遅いから?心配だから?寂しかったから?答えは聞けない。回答がどうであれ、起爆剤にしかならない。
 女を匂い立たせて夜道を歩くだなんて、なんて無防備で大胆なんだろう。忍びとしての彼女の能力は勿論評価しているけれど、欲望に駆られた男は恐ろしいものだ。それよりもなお、そんな想像を働く自分の単純で浅ましい思考はより恐ろしい。

 手放したくない。手放さない。無意識に抱きしめる腕に力が入る。
 さらに密着する身体。響いてくる互いの鼓動。 
 少し荒くなった息が首筋に降りかかり、ぴくり、とサクラが反応する。

「先生、からだがあついよ…やっぱり飲みすぎ、」
「違うでしょ、熱くしてるのはサクラでしょ」

 本当は、どちらの熱かなんてわかりはしない。
 僅かに身体を離し見下ろせば、おそるおそる様子を伺うように見つめ返してくる。

「勢いじゃないよ。酔ってるかもしれないけど」

 酒にか、それともくらりとするような女の匂いにか。
 すでに赤く染まっていた肌がなお赤く染まる。もう一度ばかね、と小さく呟いたのを肯定と受け取り、腰をさらい寝室へ向かった。
(20140423)