強い力に圧されて、思いっきり踏ん張ったとき、舌を噛んだらしい。
 口の中で、鉄の味がする。

 少しだけ、油断をした。
 変わり身でその場を離れればよかったのだが、遅れを取っていた部下を庇い、避け切れなかった。

「大丈夫か」

 すみません、と申し訳なさそうに告げる彼を、振り返ることもせず。
 もたついているうちに、囲まれたのに気付く。5,6,7…森の中、大体の位置を把握し、迎撃に備える。
 きちんと心配をするゆとりも与えてもらえないようだ。

 厄介だな。
 あまり長引いて、人数を増やすのは避けたい。

 左目を覆う額当てを上げ、印を構えた。





 攻撃が止み、すべての気配が消えたことを確認する。
 幸い大きな負傷を負うものはいなかった。強いて言うならば、手加減しきれなかったことが唯一の失敗だった。だがしかし、本来ならば避けられた戦闘である。この程度の追っ手が、それほどの情報を持っているとも思えなかった。

 ほっとして息を吐きかけたところで、ふらり、とよろけそうになるのを、左足を一歩踏み出しなんとか留める。
 小隊を率いる自分が、あまり部下に不甲斐ないところを見せたくない。
 それも、取るに足らない寄り道で。


「部隊長、なにか焦っていませんか」

 よろけた姿を見られたわけではないだろうが、先ほど庇った部下が近寄り問いかけてくる。
 任せていた、追っ手の死体の始末は終わったようだ。

「なーに言ってんの。もたもたしてたらもっと増えちゃうでしょーが」
「いえ、この場のはなしではなくて…」

 本来ならば、それほど急がねばならない任務ではない。
 元々二月から三月は掛けて実行するような内容であると、把握していた。

 あくまで個人プレイではないのだから、小隊全員の様子は確認しながら。
 それでもカカシ自身、やはり逸る心は抑え切れなかった。


 思い浮かべるのは、教え子の姿。
 睨み付けるような眼差し。

 真剣に、自分を想う気持ちが、伝わってくるような眼差し。

(…あの顔は卑怯でしょ…、)

 早く帰らなければ。帰りたい。そう、背中を押され続けている。この任に就いたときから。

 しかし個人的な感情に小隊を巻き込むわけにはいかなかった。
 いくら気にしているつもりでも、気付かれているくらいなのだから、やはり急いているのだろう。

「すまない、きつかったか」
「いえ、大丈夫です。なんていうか、その、部隊長が、」

 口ごもる部下になんだよと一瞥をくれると、言いづらそうにそれでも続けてくる。

「なんだか楽しそうに見えて。任務が終わったら、なにか、あるんですか? 早く、帰りたい理由が」

 いつもどこか近寄りがたいイメージだったのに、今回はそうではなく。
 なんとなく、そう言いたげに。


 面食らった。
 そう、見えていたのか。
 
 
 あのときの彼女が、そうさせるのか。自分に。
 いつだってそうやって、誰かのため、彼女は直向で真剣だった。

 それでも彼女は、自分のためだと言い張るのだ。頑なに。 

(過小評価しすぎなんだよー、サクラは)

 自分のため、だとしても。
 それが誰かを救えるのだ。

 現に今こうして背中を押されている自分がいることを、彼女はわかっているのだろうか。
 帰る場所があることの喜びを、帰りたい気持ちがあるからこそ生まれる生への執着を。
 それを生み出させるのが他ならぬ彼女自身であるということを。

 彼女は、わかっているのだろうか。
 彼女自身が、どれほど大きな存在なのかということを。



(20140201)
ショート×ショートの「かたおもい」と微妙にリンク