.



どうにもならない(茜→成) / 本気(響→茜) / 一方通行(響→茜) / 7年前の(茜独白→成) / うれしい(茜→成) / ごめんね(茜→成) / ごめんね2(成→茜) / 鍋ひとつはさんで(茜→成) new
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

.



でも、どうにもならないことを知っている。


「久しぶり。きれいになったね、茜ちゃん」

 あまりにもすらすらと、そんなお手本のようなせりふを聞かされたものだから、思わず言葉を失った。
 いや厳密にはその言葉がきっかけなのではなく、その姿を見つけた瞬間、名前を呼びかけた声を飲み込むほどに。

 久しぶりに見た彼は、あの頃とはだいぶ風貌は変わっていたけれど。

 …一瞬で気づいた。

(ああ、好きだ。このひとが)

 アメリカにいたころは、なんの気兼ねもなく手紙を何通も送った。
 返事が来ようが来まいがお構い無しに、近況を綴ってはポストに投げ込んでいた。

 頼れる、ちょっと心配な、でもなにより一生懸命で優しい、おにいさん。
 一緒にやったカガク捜査、楽しかったな。あれからいろんな場面に立ち会ったけれど、あのときのワクワクを超えるものは、いまのところ、ない。


「あたしの知ってるなるほどさんて、そんなきざな冗談言わなかったのにな」
「あはは、久しぶりの再会なのにゴアイサツだね」

 大きく口を開けて笑う。
 なぜだろう、少しうそくさい。
 ひとしきり笑ってから、でも、と彼は続ける。
 かつて良く見た笑顔で。

「いまの証言にうそはないよ」

 あああ、もう。

 唇を必死に噛み締め、無性に泣き出したいのと、その胸に飛び込みたいのを、必死に堪える。

 ムダだと、だめだと、自分が一番よくわかっているのに。
 もうこのひとを、男としてしか見れない。
(101219改訂/初出:note101216)



▲TOP
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
.



これは本気です


「ごめんね、刑事クン」

 それが何に対してのごめんねなのだか、わかるような気はしたけれど、茜はくるぅりと丁寧に振り返り、何がですかと敢えてたずねた。
 あ、今たぶん、唇の端引きつってる。

「今日は非番だったそうじゃないか?それなのに、ぼくのために一肌脱いでもらっちゃって」
「いや、脱いだ覚えもありませんし。暇そうな刑事はわたししかいないんですから仕方ないですよね」

 挙句の果てに死体の第一発見者。ついたオチがそれか。
 はああ、と大げさにため息を漏らしながら、自嘲気味に茜がこぼす。
 反して、響也はさわやかすぎる、お手本のような笑顔。

「でもたぶん、そうでもしなきゃきっと来てくれなかったろ?」
「でしょうね」

 茜の返答は明快かつ冷酷だった。わかってはいたことだったが。
 ただでさえ、成歩堂をはさみあまりいい印象があると言えない状況のうえに、検事と音楽という、まったく別の世界を渡り歩く牙琉響也に対し、不真面目とか不謹慎とか、そういった感情はあるのだろうと思う。
 だが実際に本人としては、検事としての仕事はもちろん、音楽活動も片手間とは言いがたい覚悟で臨んでいたのだ。
 
 だからさ、と。
 少しの緊張を孕んだことは、絶対に目の前の刑事には伝わっていない自信があった。

「次は素直にプラチナシートを用意してもいい?」

 茜ははあ?と改めて眉間に皺を寄せたが、相変わらず響也はお手本のような笑顔を向けたまま。
 精一杯の虚勢。


 きみに、聴いて欲しい。
(101219改訂/初出:note101215)



▲TOP
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

.



届かない


「やあ、おはよう」

 しかしそれには応えず、茜はどこかのヒラヒラ検事のように、眉間にぐっと皺を寄せる。

「そこ、あたしの席」
「知ってる」

 でしょうね。

 同僚たちも、さすがの牙琉検事そのひとを前に何も言えないのか、もちろん気にはしながらそれでも特に何も言わない。
 たまったもんじゃない。あらぬ疑いなどかけられては。

「次回のコンサートが決まったんだ」
「そうですか。そこ、どいてください」

 視線さえ向けずにそれをいなす。
 立場上彼は上司だったけれど、業務に支障をきたすようであれば、もはや関係ない。

「特等席、用意させてもらったから」

 かみ合わない会話。なのに差し出されるチケット。
 世の女性は必死にそれを手に入れようと躍起になるであろう、プラチナシート。

「あの、検事に提出する報告書仕上げなきゃなんで」
「じゃあ、待ってるから」

 受け取ろうとしない茜の手にそうっと握らせて、颯爽と茜の机から下りて、刑事課をあとにしていく。
 絵になる。むだに。

「仕事だっつーの」
(101219改訂/初出:note101215)



▲TOP
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
.



7年前の真実


 おそらくすべてを知ったとは思わなかった。
 きっと想像以上に、深く絡まりあった真実が潜んでいるだろうということは、感じた。
 なにより、ハナから信じてはないなかった。公的な結末を。

 が、これ以上立ち入ったところまで知りえるすべは、いまの茜にはない。

(成歩堂さんが話してくれないんじゃあね、)

 もしかしたら、知られたくない話なのかもしれないし。

 そう思って、悔しいけれど、割り切って諦めた。
 もちろん弁護士としての彼の助けになりたいと思った気持ちは忘れていないし、今も変わっていない。
 いまの成歩堂も、かつてと同じくらい、あるいはもっと。

 …ばかみたい。
 感情が昂ぶるのを堪えて、ゆっくりと息を吐く。

 でも、もし。

(…不毛すぎる)


 話に聞いた、元・助手の女の子なら、なんて。
 教えてくれたのかな、あるいは、知っているのかな。

 なんの根拠もない想像を勝手にしているのは自分なのに、なぜだか無性に泣きたくなった。
(101219)



▲TOP
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
.



うれしい


 まさかね、と思いながらも、どきどきしながらかけた電話番号は、驚くことに通じてしまった。
 呼び出し音が鳴る。でも、番号が生きているだけで、もしかしたら違う人だったりして。…どうしよう?
『もしもし』
 その声。ひとことで、今でも鮮明に蘇る、彼の笑顔。変わらない声。
 だが予想外の展開に、言葉が出ない。ああ電話なのに、どうしよう。
『…あかねちゃん?』
 どうしてわかるの、ああそうか番号消さないでおいてくれたんだ。
 あかねちゃん。そうやって呼んでくれていた。あのときも。
 この歳になると、そんな可愛らしい呼ばれ方もしなくなったけれど、この人ならばかまわない。
『久しぶり、元気だった? 手紙、いつもありがとう。戻ってきたんだってね。会えるの、楽しみにしてるよ』
 たぶん、だけど。
 彼は、うそは、言わない。
 から、だから、この言葉は、きっと。
 ぎゅう、と膝を抱きしめた。
 もういい大人なのに。ばかみたい。
「…うれしい」
(20101220)



▲TOP
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
.



あなたのすべてに怯えている


 たぶん、この好意むきだしの態度は、彼も知るところであると思う。

 露骨にすれば良くも悪くも、結果を出されてしまうかもしれない。
 それが、つらい。

 曖昧でいい、このままでいられたらと。
 くだらないこと言い合って笑ったり。みぬきや王泥喜を含めて食卓囲んだりとか。
 それだけでじゅうぶん満たされていた。

 だから。

「ごめんね」

 みんなで食べた夕飯の後片付けをしながら。
 ふと、ふたりきりになったとき。
 告げられた言葉。


 なにが?
 なにに?
(2010.12.24)



▲TOP
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
.



きみのすべてに怯えている


 ずるいことして、ごめんね。

 こと男女のはなしには聡いほうではないと自覚していたが、幸か不幸か、見えてしまった真っ直ぐ向けられる想い。
 大人になったきみの臆病さに、ほっとしている。
 
 一緒にいると、楽しい。素直に。
 昔、一緒に真実を見つめるために戦った同志として。
 今、子供たちの保護者のような同士として。
 一緒に食卓を囲む家族として。
 相変わらず理解を超える科学への情熱、そのひたむきさは嫌いじゃない。
 嫌いじゃない。すき。


(でも)

 自分のことを考えられない。
 
 良くも、悪くも。



 はっきりしなくて、ごめんね。
 そしてはっきりさせないでと願っているきみの想いを利用して、ごめんね。


 今のぼくにはまだ、答えが出せないでいる。
(2010.12.24)



▲TOP
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

.

鍋ひとつはさんで


「今日はねー、鍋がいいんじゃない?」

 大きなカートを押しながら、成歩堂のリクエスト。

「今日は…ていうか、いっつも鍋ですよね?」
「いいんじゃなーい? あったまるしおいしいし(安上がりだし)」
「成歩堂さん、心の声聞こえてます」
「あれー? おかしいな」

 あはは、と屈託なく笑うのを見ていると、どうでもよくなる。
 たまには違うものを…と言いかけた茜も、断念せざるを得ない。

「鍋、いいですよね。あったまるし、おいしいし、安上がりだし」

 野菜も採れるし、かえって健康にはいいかもしれない。
 育ち盛りの子供も、いるわけだし。


 何を食べるにしても、何を買うにしても、いつだって隣にいるのがこのひとなら、なんだっていい。
 一緒にスーパーで買い物をして、一緒に食事の支度をして、一緒に鍋をつつく。
 それが、茜の心を、どれほど昂揚させているのか、きっとこのひとは知りもしないだろうけど。

(知られても困るし)

 変に意識されて距離を置かれて、いまの不思議な関係が終わってしまうことだけは避けたい。
 いつか結論を出さなくてはならないとしても、いまは、まだ、もうすこし。
 何も考えず、そばで、笑っていることを許して欲しい、のだけど。

「なんかこうしてるとさー、新婚さんみたいだよねー」

 本当に無自覚に人のこころをかき乱すのだけは、本当に本当にやめてほしい。
(20140113/初出:2014冬オムニバス)



▲TOP
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -