「検事、報告書類を持ってきました。確認お願いします」
この部屋のドアを2度ノックしてから、こうして目の前に立つまで。まるでいつもどおりのような所作。
あまりにもつつがなく業務連絡だけを述べられたその声に、だが響也は違和感を感じた。
「ありがとう。…刑事クン、今日はご機嫌だね?」
そう声をかければ、べつに、とあっという間にむすっとした表情になる。
ああ、やっぱり、ご機嫌だったんだ。
むすっとはしていたが、いつもほど眉間にしわが寄っていない。
…気がした。
自分自身は彼女に対してなにもしていないつもりなのに、なぜかこの刑事に毛嫌いされているらしかった。
べつに女性にも仕事にも困ってはいないし、刑事ひとりに嫌われようがなんということもなかったが(仕事上では問題なく動いてくれているし)、ここまであからさまに嫌悪を剥き出しにされたこともないため、そういう意味では気になっていた。
(今夜、食事でも誘ってみようか?)
ぱらぱらと書類をめくりながら、そんなことを考える。
いけるかも。今日なら。機嫌良さそうだし。
と、そこまで考えて思わず自嘲した。
「検事?」
「…いや、」
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訝しげに見つめてくる。それはそうだろう。
なぜここまで、仮にも部下の、ご機嫌を伺っているのか。 考えだすと、またぶり返してしまいそうだった。
「問題ないよ、ごくろうさま」
書類に押印し、再び彼女の手に戻すと、無表情でありがとうございましたとだけ告げ、さっさと部屋をあとにしていく。
淡白な女。
確か、自分の予定も、今日はさほど立て込んではいなかったはずだ。
なんなら、検事職を終えたあと、新曲の構想でも練ろうかと思っていたくらいだったのだから。
たまには、チームとして、親交を深めるのも大事だよな。 仕事をより円滑に進めていくために。
コミュニケーションは、最低条件。
(社会人だし)
どこからどうみても言い訳にしか聞こえないようなとってつけた理由に、響也は再び可笑しくなった。
それから余計な仕事を抱え込まず、定時で打ち切った。
前もって電話で、とも思ったが、ここはあえて待ち伏せでもしてやろうと、検事局から警察署まで出向いたのだ。
楽しみにしているわけではない…いや、多少はあったかもしれない。あの仏頂面と食事、だなんて。
なんて顔するだろう。また眉間に皺寄せて一蹴されるかもしれない。それでも。
刑事の反応を予測しながら、油断すればつい頬が緩んでしまう。妙におかしい。今日は。
めざすは刑事課―――だったのだが。
「…そういうことかよ」
思わず舌打ちでもしてしまいそうになった。
響也はその入り口をくぐったところで、立ち止まる。
2階の刑事課へいちばん近い階段。いつも、彼女をからかいに行くときに使っていた、階段。
そこにいたのは。
目の前の相手を信頼しきった、素直な笑顔。
彼女はあんなふうに、笑うのか。
すべてに合点がいった。
直接的に何もしていないのに嫌われている理由。今日、ご機嫌だった理由。
「成歩堂さん、」
はずむ声。こぼれる笑顔。
いまのこの感情は、醜い嫉妬以外の一体何なのだろう。
(こんなにも、ぼくは)
彼女のことが好きだったのか。
(101221)
なんか…イメージと…ちがう…