いつも背を向けて(水沢と冴子さん) / お題提供:repla [癖]
おいてけぼり(水沢と冴子さん)
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いつも背を向けて
並んで歩こうと足を速めてみれば、うっとうしいのよ!と一蹴される。
手をつなぐ?そんなばかな。そんなことが許されるはずが。
ではいつになったら許されるのだろう?
(チューだってした仲じゃなぁーい)
まるで詐欺のように短く触れるだけのものだったけれど。
それも治療してもらっている最中、顔が近づいてきたから唇を寄せただけだ。その代わり直後に強烈なビンタをいただいたけれども。
(…チュー?)
自分で言っておいて(正しくは思い返して)悲しくなってしまう。
しかしそんな葛藤などつゆ知らず、冴子の足取りはいつもながらスマートで揺ぎ無い。
本当にたったわずかな角度しか世界を見ていないのではと思うほどに、「脇目も振らず」のいいお手本だと諒は思う。
それにしても完全無視とは。おもしろくない。もしここで自分が立ち止まっても、冴子は気にもとめずにひとりで行くのだろうか。
ひとり、で。
…もとより生きる世界の違う人種なのだ。
手を伸ばすことすら赦されないひと、だ。
夢を見るほうがばかばかしい。なんて、とうにわかっているのに。
だったらいっそトドメを刺してくれと思うのに。時おり思わせぶりな態度をちらつかせ、決心を鈍らせる。
だから自分もいつまでも背中を追うことをやめられない。
(ばかばかしいねぇー)
それでも、やめられない、のは。
ひとえに諦めの悪い性格のためであり、なにより、簡単に背を向けるわけにもいかないくらい惚れた女であり。
「冴子」
聞こえていないわけはない。
「さーえーこー」
なによ!と風を切りそうな勢いで振り返り怒鳴りつけてくるその表情だけで喜んでいられる。まったくどうしようもない話だが、今はそれだけでもじゅうぶんなのだ。
(061010初出/5周年記念企画)
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おいてけぼり
唇をかみ締め、いまにも泣き出しそうなのを必死にこらえていると。
ぽん、と頭に置かれた大きな手のひら。
「気にすんな」
ほら、まただ。
普段は幼く見える諒が、ときどき嘘のように大人びた顔をする。
そしてそれは決まって、自分が仕事上のトラブルに見舞われたときであることに、冴子は気づいていた。
(フォローのつもりだっていうの!?何様だってのよ!)
ふつふつとこみ上げてくる怒りと、おさえきれないもうひとつの感情。
ばかじゃないの。誰が、どっちが。
かつては、たしなめるのは自分の役目だったのに。
ひどく辛い過去が彼を無理やり大人にさせたのだ。
大人ぶっているだけの自分よりも、きっとよっぽど、諒のほうがいろいろを知っている。
だからこそ、言葉少なに気持ちを落ち着かせるすべを知っている。
そしてそうとは悟られぬよう、相手に気づかせるすべを。
こちらを見つめてくる瞳はまるですべてを見透かしているようで、目を合わせることをやめてしまいたくなる。
けれど。
(お願いだから)
あたしより勝手に、ひとりで大人にならないで。
もはや泣きそうになる理由が、一体なんだったのか、わからなくなってしまった。
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