冴子から告げられた待ち合わせの時間は、渋谷に14時。
そしてその約束を取り付けてきた張本人が現れたのは、その時間からぴったり1時間遅れ。
「…遅い」
「まさか、それなりに時間を守ることができるなんて思わなかったから」
「…ずーいぶんと失礼なこと言ってくださいますわね…」
こう言えば、誤った時間を知らせたことに対してごめんと謝られるどころか、仕方ないじゃないの!と怒られた。まあ確かに、日ごろの遅刻癖で信用がないのはそれはまた事実。
しかしなにも時間通りに来てまで(それなりに守るどころか、今日は5分前には着いていたのだ、5分前には!)怒らなくても…なんてぽつりとこぼすと、やっぱりまた怒られた。
ちくしょう、虫の居所が悪いのか。
「立ちなさい、ほらさっさと行くわよ」
手をさしのべてくれればいいものの、襟元をつかまれ引っ張り上げられる。
うわ、とバランスを崩しそうになりながらなんとか態勢を立て直す。えへへと笑って見せると、冴子は反比例のごとくむすっと顔をしかめた。
(おいおい、)
何がそんなに機嫌を悪くさせるのか。これなら遅刻してきたって…いやいやいいんだけどね今更。
「ただでさえ図体ばっかりおっきくて目立つんだから!」
「そ、そんな、ひとをうどの大木みたいにですね…」
キッと目を吊り上げた冴子が風を切る勢いで振り返ってきた。
「気に入らないのよね!」
「はぁ!?」
くいと目線だけで知らせる。するといくつかの目と合った。中高生くらいの女の子、だろうか。制服を着ている。
ずっと見てたんだからと言う冴子は、明らかに拗ねた口調。
(はっはぁーん)
思わずにやりと笑ってしまった。つまりはつまりはつまりはこれって。
「諒ちゃん無自覚すぎるんじゃないの!?」
自然とキツくなる物言いに思わずむっとした。しかしそれはそのキツイ物言いにではなく。
(それはコッチのセリフだコノヤロウ)
肩で風を切って歩く彼女がいつも注目を集めているのは知ってる。みんなが彼女に思わず視線を送る。すっと背筋を伸ばしてすたすたと歩く彼女は美しく、そしてかっこいいのだ。そりゃあ思わず視線を送る。その気持ちは良くわかる。自分だって同じだからだ。
今だって。
しかしそうやってみんなの視線を集めるたびに、彼女に近寄ろうとする男を見かけるたびに、意識してガードするように歩く自分の苦労は(いや、勝手にやってるんだけどね…)。
そのくせうっとおしいから隣を歩かないでだの、しょうがなくうしろに引き下がってみればモタモタしないでだのプンスカプンスカ…。
なんて理不尽なのと思いつつも、勝手にやっていることなので言い返せもしない。
まー怒った顔も、けっこう好きだったりして。
(…なーんつったらまた怒られちゃうよねーん)
まぁ、いいけど。それがいつもどおり。
「冴子」
「なによ」
「なんでもない」
勢い良く振り返るなり、!と怖い顔だけ見せておいてまたスタスタと前を歩いて行ってしまう。
なんだかおかしくなってしまって、くつくつとこみあげてくる笑いを堪えながら、自分など気にもせず先にいってしまった冴子を慌てて追いかける。でも、追いつかない。
背中をとらえて、もう一度。
「サエコさぁーん」
こうやって懲りずに名前を呼ぶのは。
きっとまた振り返ってうるさいわね!と言ってくれるのを期待しているからなのかもしれない。
(20040920)