「…暑い」
バレットの言う「あちーな!」でも、ティファの言う「あっつぅ〜い!」でもなかった。
エアリスが。
今まで聞いたこともないような低音で、「暑い」とだけつぶやいたのだ。
「…エアリス?」
「…ミッドガルを出るのがこんなにも辛いことだったなんて」
エアリスはあまり汗をかかないらしかった。
だからこそ、気付くのが遅れてしまったのだが、そうだった。
エアリスは、すべてを管理された都市・ミッドガルから出たことがない人間だったのだ。
「ケケ、こんなんでヘコたれてどーする! それじゃあいい男ができてもコスタ・デル・ソルにゃ遊びに行けねぇなぁ!勿体ねー」
「なぁに、それ? テーマパーク?」
「…エアリスあのビーチ知らないんだ…」
「ビーチ? ビーチって…ああ、前に本で読んだことあるわ…なんだ、暑いところだったの…。じゃあわたし、いい」
「えー、信じられない! 女の子なら必ず憧れるあの南国リゾート地よ!? 行かないなんて勿体無い」
いい、とさらに首を横に振るエアリスが、舗装されていない砂の道に足をとられてそばにいたクラウドの背中に倒れこんだ。
「ご、めんなさい」
「大丈夫か?」
「ええ…」
しかし、困ったものだ。
それこそここは南国の街、コスタ・デル・ソルでもなんでもない。
後ろを振り返ればまだ大きくミッドガル。
エアリスは、日中の太陽にやられているだけなのだ。
「エアリス、おいで、手ぇつなご」
「うん、ごめんねティファ」
「いいのいいの」
手をつないで、というよりはほぼティファに引きずられるようにしてエアリスは無理やり足を動かしていた。
照り付ける、空高い太陽。歩きづらい砂地。
目をつぶってしまえばもう二度とその目を開けることが出来ないような気がしていた。
その様子を見て、クラウドは思わずため息を漏らした。
このままではろくに進むことも出来ないだろう。
陽が翳るまではどこかで休んでも支障をきたすことはないだろうし。
そう思い四方を見渡すと、少し先に山から続いている森らしきものが存在することが見て取れた。
「おい、とりあえずあそこまで行くぞ。そこで陽が翳るまで休もう」
「そうねー、あー、お腹すいたーあ」
「おいおい、それ以上そのチチ育ててどうするつもりだねえちゃんよ」
「親父、それ以上言ったらセクハラで訴えるわよ! 覚えときなさい!」
しかし一番喜ぶだろうと思ったエアリスの声が少しも聞こえなかったのが少し気がかりだった。
簡単な昼食も済ませ、出発まで各自自由に時間を潰すことになった。
他がどうしているかは知らないが、おそらくバレットは昼寝でも、エアリスはティファとまた女同士のおしゃべりでもしているのだろう。
エアリス以外はたとえひとりでいてもそう簡単に倒れるほどヤワな人材ではないのできっと大丈夫だろうと、クラウドは進路の確認も兼ねて和から離れ森の出口までやって来ていた。
昼間に比べだいぶ陽も翳り、これならエアリスの負担も少しは軽くなるのではないだろうかと、皆のもとへ戻ろうと踵を返したそのときだった。
「うわ、」
「ふふ、あなたでも驚くことなんて、あるのね」
すぐうしろに、うしろで手を組んだエアリスが微笑んでいた。
まったく気配を感じなかった…。
仮にも元ソルジャーの自分が!
「…あんた、ひとりでここへ?」
「? ええ。だってふたりともぐっすり」
「(…まさかティファまでとは)」
「なぁに?」
「いや…、おいエアリス、いくら危険でないとは言えいつどこでモンスターが出てくるかわからないんだ、あまり無用心にひとりでウロウロしないでくれ…」
「ティファにはそんなこと言わないのに」
「あいつは熊だって投げ飛ばすさ」
「…まさか!」
「いいや?」
ふふ、とエアリスが笑う。
そういえば、ミッドガルを出てから暫く、エアリスの笑顔を見ていない気がした。
「ごめんね、クラウド」
エアリスの突然の謝罪には驚いたが、しかしひとりでいることの危険性をわかってくれたのだなとクラウドは解釈した。
「…あ、ああ。わかってくれれば。いいか、出歩くときは必ず誰か、」
「そうじゃなくてね、わたしまさか太陽があんなに暑いなんて…」
「…ああ。仕方のないことじゃないか」
今まで空調完備され、毎日同じ気温・適度な湿度が保たれた部屋にしかいたことのない人間が、突然外に出たらそれは驚くであろう。
毎日、場所・時間によって異なる気温。じめじめした日もあれば乾燥する日もある。雨も降れば風も吹き雪も降る。
ひどいカルシャーショックを受けるのではないだろうか。
エアリスはそれと同じだ。
ミッドガルはひとつの密閉された部屋のようなもの。暑いと言えば、人ごみでの急に高くなった密度の中や、火のそばに近寄ったときくらいではないだろうか。
知識はあるとはいえ、それは目で読んだ資料に過ぎない。想像するのと肌で感じ体感大きく異なる。
「だけどね、ただでさえわたしみんなの足を引っ張って…、さっきだって、わたしのために休憩とってくれたんでしょ?」
「…エアリス、」
「わたしもティファみたいに、『熊だって投げ飛ばせる』くらい信頼されてみたい」
エアリスが熊を?
思わずクラウドは噴出した。
「ちょっと、わたし真面目なんだけど」
「あんたには後衛でおとなしく呪文でも唱えててもらいたいよ。いや、それがいい」
「…なによ」
「昔から言うだろ、美人の魔法使いはパーティーの回復役だって相場が決まっている」
「!」
「ほら、行くぞ。もうあんたにもだいぶ楽な時間になってきた。うかうかしてると町に着く前に日がくれちまう」
クラウドは振り返りもせず行ってしまったが。
それはエアリスが必ずついてくるという確信でもあるからだろうか。
それよりも。
彼は自分の発言に責任を持てるのだろうか。
「…美人の、って」
エアリスは跳ね上がった心臓を自分の中でさえ誤魔化すことができなかった。
(03/06/08up)
「クラウド…、わたし、ときどきあなたに心臓を止められちゃうんじゃないかって思うことがあるんだけど」
っていう話。
何考えてるかわかんないひとほど、無意識のうちにすごく大胆なことぽろってこぼしたりするでしょ。