ショート×ショート〜それぞれの3/14〜
1:チェスターとアーチェ
2:ミラルドとクラース
3:すずと乱蔵
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仕事帰りにふと立ち寄った店。日用品の買い物をするべく寄っただけの店だったのだが、会計時にふとカラフルな小袋が目に入った。
なんだと思いよく見てみれば、それはどうやらキャンディーが詰まった小袋のようで。
キャンディー?…そういえば。頭の中で暦を確認した。そうか、確か、そういえば。今日は。
『3倍返しね!』
そういえばそんなことを言われた気はするが、何せ受け取ったのは小さな小さなキスチョコがひとつ。
これなら3倍どころか10倍以上は少なくとも返せるだろう、そんな想いも若干ありつつ、ついでのように手に取った。
「ほれ」
ノックに反応してドアを開けるなり、ただいまより先に目の前に突き出されたカラフルな小袋。外側のビニールと中のビー玉のようなキャンディが夕日のひかりに反射してきらきらと光る。
「なにこれ」
「俺は律儀なほうなんだ」
そう言ってさっさと部屋に入って行ってしまったチェスターの背中を目で追いながら、クエスチョンマークを浮かべたまましばし考える。
ついてこないアーチェを見かねてか、遠くから「ひとつきまえの!」と言う声が聞こえてきた。
それでようやくそゆこと、と納得はしたものの、玄関から部屋に入ってきたアーチェの顔にはさして感動の色もなく。
「フーン、まぁありがと」
「おいおいなんだよそれ。別に涙流して喜べとは言わねえけどよ」
いまいちな反応につまらなそうに言うと、だってこれ日用品のお店のレジで見たもん、とアーチェ。
「3倍ってのは愛情も3倍返しなのよ」
「…っはー、あいじょう、ですか…」
そら気づきませんでしたと、片眉を吊り上げながらチェスターがつぶやく。
そしてこっそり横目でアーチェを盗み見れば、不満そうなせりふとはうらはら、心弾むような黄色のキャンディを舌の上でころがして満足げに笑みをこぼす唇。
チェスターはなんとなく、その頭をぐいと引き寄せてみた。
(おそらく050314/初出:web拍手/あ・甘〜い!)
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クラースとの会話は、基本的には必要最低限な言葉しか交わしていない。
元々普段から特別おしゃべりな人ではなかったけれど、それでもふたりの日常生活の中ではそれを不便と思うことはなかったし、長年の付き合いから言葉など交わさずとも、相手がどう思っているのかとか、あるいは何を欲しているのかなんてことさえぼんやりとわかるものだ。
…いや、正しくは、ミラルドは、それなりに理解している。クラースのことを。
そしてとにかくクラースは何もしない。ミラルド自身、クラースに何をしてほしいとは思っていない。少なくとも家事の分担だなんて求めたことは一度もない。
さらに言うならば、何かをしたことに対しての例の言葉だとか、そんなもの求めてやいない。見返りなど期待したことはない。お茶を入れた自分に「ああ」だの「うん」だの、そんな簡単な返事が返ってくるだけで思わず「おお」と思ってしまうくらいの、…。
だからこそ、非常事態なのである。
おそらく夕べも遅くまで取り掛かっていたのであろう、書きかけの論文を机上に見つけ、なんとなく朝は叩き起こさずに放っておいた。
ミラルドがひとりで簡単に昼食を済ませたあとになって、ようやくベッドから這い出してきたクラースに、熱いコーヒーと、少しカリカリにしすぎたパン、朝食用に焼いていたウィンナーと卵を出した。
大きな口であくびをしながら席に着くのを見届けて、ミラルドは洗濯物を外に干し始めた。
干すには少し遅い時間かもしれないが、今日は気持ちのいいくらいの快晴。すぐに乾いてしまうだろう。今年はあっという間に冬が去った気がする。やわらかな日差しと、ゆるやかに吹く風はすっかり春だ。
ふたりぶんの、あまり多くない洗濯物を全部干してしまうと、おそらくもう済んだであろう、クラースの朝食の後片付けを…。
思わぬことに、しばらくフリーズしてしまった。
話は若干さかのぼるが、これは非常事態だ。
というのも、テーブルの上がきれいに片付けられているからだ。
(…どういう風の吹き回しかしら)
クラースは流しで洗い物をしていた。おそらくさきほどの朝食兼昼食に使ったカップと平皿だろう。
思えば今朝から会話をしていない。というより、目も合わせていないのではないだろうか。
まったくもって理解できぬ行動に首をかしげながら、キッチンに立つ背中を見つめた。
その視線に気付いたからかどうかはわからないが、食器を洗い終えたクラースがミラルドを振り返った。
「おい」
「…え?」
「今夜はビーフシチューでいいか」
「…は?」
ミラルドの反応は至極もっともなものであったと思う。
それなのにクラースは、わかって当然だろうと言うように、唇の両端を下げて見下ろしてくる。
「…買い物に行ってくるぞ」
それだけ言うと、クラースはさっさと出て行ってしまった。
(一体なんだって言うの?)
ぽつんと取り残されたミラルドがようやく頭を働かせることができたのは、クラースの出て行った扉がぱたんと閉まって、それからさらに一呼吸置いてからだった。
ずいぶんと長い付き合いだ。言葉は交わさずとも、クラースの考えそうなことならばわかると思っていた。のに。
さきほどの様子から察するに、きっと今晩の夕食はクラースが作るという意思表示なのだろう。
…なぜ。
何か悪いものでも食べたのだろうか…いいやそれはない。食事に関しては全部自分が担っている。
確かにクラースは普段何もしないが、どこで覚えたのか案外料理上手な一面を持っていると知ったのは、それほど昔の話ではない。
そういえば以前、自分の誕生日にはこっそり手料理を振舞ってくれたことがあった。こちらも意地を張ってどうにも素直に感謝の気持ちを述べられなかったのだが、とにかくとてつもなくうれしい気持ちになったのを覚えている。
だが今日は誕生日ではない。ましてやふたりに関する記念日でも、なんでも…。
(3月14日…?)
まさか。
―――いいや、でも。
「…っ、く」
こみあげてくる。
「あははははは!」
長い付き合いではあるというのに、結局まだまだ理解しきれていなかったのだなと、そう思うと、これまで自分が持っていた自信のようなものが、あまりにも滑稽に思えた。
誕生日だって、毎年きちんと祝ってくれるわけでもない。とにかく大げさにすることが好きではないあの人だから。だからこそ時折見せる優しさに、参ってしまうのは本当に悔しいのだけれど。
彼が買い物から帰ってきたら、どんな顔で出迎えよう。
(070313)
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「すず」
忍である以上、例えそこが自宅であれども、足音を立てるだとか、とにかく何の注意もなくただ平然と歩くことなどありえない。さらには気配まで消し去って、普通の人間ならば、今この廊下を何かが通っていることなどわからないはずである。小さな虫、いや、きっと集中して気をつけていても、わずかに風の流れが変わった、そんな程度にしか感じないはずである。
しかしやはりこの人にはわかってしまうものか、と自嘲気味の笑みをこぼしながら、自分を呼ぶ声の主のいる部屋の障子の前で床に膝をつける。
「お呼びでしょうか、おじいさま」
「おお、おお。そんな堅苦しい挨拶はいらんよ。入れ」
長年里の頭領として立ち続けている顔というよりは、単なる祖父として、そんな気軽な声の調子でそう言われ、すずは首をかしげながらも失礼しますと部屋に足を踏み入れる。だいぶ古い建物ではあるが、敷居をすべる障子の動きはよどみない。
「今日はの、すずに贈り物があるのじゃ」
「贈り物…ですか」
頭領ではなく、いち祖父として。この藤林乱蔵が孫であるすずに対してとても甘いということは、すず自身自覚していた。それは厳しい鍛錬の後、あたたかなぬくもりを宿すしわの多い手で頭をなでてくれただとか、そんなささいなことではあったけれど。
あるいは排他的な村の意向もあってか、たとえば任務等で村外に出たときは、おもしろいものがあったなどという理由から、村では見たこともないような珍しいものをおみやげに買ってきてくれたりとか言うことはあったものの、それはごくたまのことで、特に物を与えられたりということはなかなか珍しいことであった。
なにより現役を退いてからというもの、村の外に出ることなど滅多にない乱蔵は、なにか品物をすずに贈るだとか言うことは本当に少なくなっていた。それに今日は誕生日や何らかの記念日ではないはずである。だからこそ乱蔵の言葉に、すずの抱いた疑念はさらに大きくなったのだ。
「そんな不思議そうな顔をするでない。お返しじゃ、お返し」
「はあ…、ですが、すずはおじいさまにお返しをしていただくことなど」
「ひと月前の、ちよこれいとのお返しじゃ」
1ヶ月前、そう聞いてすずはようやく合点がいった。ばれんたいんというしきたりのことだ。そういえばその日からちょうど1ヵ月後に、今度は男性から女性へお返しをするしきたりもあるのだと、一緒に教わった気がする。だがすずとしては特にお返しを強要するつもりもなかったため、すっぽりとその情報は抜け落ちていたのだ。
だがまさかこの祖父からそんな言葉が聞けるとは。驚きと戸惑いと喜びと、複雑な想いで祖父を見返す。
「おじいさま…」
「すずの気持ちがうれしくての、わしもこの風習について学んでみたのじゃ。なんでも、ほわいとでいと言うらしいの」
「すずのために…、うれしいです」
思わずすずの頬が赤く染まり、緩んだ。
幼いころから、感情をあらわにするなと教え込まれてきた。が、どうにもこのごろ、油断していると笑みがこぼれてしまったりしがちである。それはもちろん、クレスたちに同行した旅でのこと、周囲から受けた影響が大きいだろう。
だけれどうれしいときは笑い悲しいときは泣き、そんな自然な感情を素直に表現することの大切さをまた教わり、気をつけなければと思いながらもつい感情をおさえずにもいてしまう。なにより乱蔵ですら、そんなすずにどこか喜んでいるような様子も見受けられるので、今のところは任務中とそれ以外とでしっかり区別をつけること、そんな小さな自分だけのきまりで落ち着かせている。思えばその乱蔵だって、幼いころからすずに向けてきた表情はくるくると豊かなものだった。
「うむ…、だがの、このほわいとでいとやら諸説あるようでの…、いったい何を贈ればよいのやら悩んでしまっての」
「いいえ、そんな…。すずは、おじいさまがすずのためにそうしてくださっただけで嬉しいです」
「いやいや、かわいいすずがわしのために作ってくれたちょこれいと! それに見合うだけのお返しをせねばと、わしも年甲斐もなく張り切ってしもうたわい」
「え?」
そう言って乱蔵が、深く重厚な色合いの卓の上をすべらせてきたのは、祖父にもこの村の風土にも不似合いな、鮮やかな桃…いいや、それこそアーチェを髣髴とさせるようなにぎやかなピンク色の包み。やわらかそうな綿のような紙のような素材の包みには丁寧に白と赤の細いリボンがかけられ、ポイントに星型のきれいな金色のシールが張られている。
「これ…」
「うむうむ、開けてみるがよい」
あまりにもかわいらしいそれをほどいてしまうのはためらわれたが、乱蔵の言うように素直に手にとって、リボンをほどいてみる。
すると、現れたのは、そのかわいらしい外装とはあまりにも異なる、きなこ飴。ころころと小さく、三角形のような立方体のような球体のようないびつな形から、おそらくこれを作った人物は、少なくともきなこ飴作りには不慣れな人物ではないかと伺える。
(まさか…)
ゆっくりと顔を上げて、正面に鎮座する祖父を見上げる。誇らしげに嬉しそうに笑うその顔には、わずかではあるが照れのようなものも伺えて…。
「おじいさま、これ…」
「うむ、何分家事いっさいは女どもに任せておったからの、あまりいい見栄えとは言えぬが…」
「おじいさま!」
泣き出しそうになるのをぎりぎりにこらえ、まくしたてるように言い訳を述べる祖父に、真っ赤な顔で向き直った。
「こんな心づくしの贈り物、すずには勿体ありません!」
「そ、そんな大層なものではあるまい。ああ、そうだな、本当はもっと色とりどりのきゃんでーやら、ましまろとかいうものを贈れたらよかったのだが、すずが手作りで贈り物をしてくれたことが嬉しくてな、ついわしもと…。すまんの、あまりうまくは出来なかったからの」
「違います! 違うんです、嬉しくて…」
どれだけ感情の制御を学んできたところで、ちょっとやそっとの動揺や油断であふれ出してしまうのは、やはり忍としては致命的なのかもしれない。任務と日常と、それなりに切り替えてこれまでやってこれたと思っていたのだけれど…。
本当に本当に、心から感動したとき。こらえきれそうにない涙と、体の内側からこぼれだしそうな笑顔。これをとどめることは、少なくとも今のすずにはできそうにない。
「おじいさま。ありがとうございます。すずは…、すずは世界で一番の幸せ者です!」
(070313)
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