戦争はこわい。

 その大戦の名をはじめて聞いたのは、父親の口からだった。そのとき彼が何度となく漏らしていたのが、「こわい」と言う漠然とした感想だった。しかしその単純さだけに、よりストレートに伝わってきた覚えがある。

 今思えば、彼だって実際その大戦を経験したわけではないのだから、本などの記録か、もしくは彼もまた父親からはなしを聞かされてでしか、それについての知識はないわけで。

 しかし心から漏れてくるようなその声と、語られてゆく内容―――それだけで、クレスに「戦争はこわいものだ」と認識させるにはじゅうぶんな説得力があった。何より、誰よりも自分自身が、とても強く偉大な存在であったことを信じていた、その父がそれほど恐れるもの、とは。
 一体どれだけの犠牲が生まれ、悲しみの涙が流されたのだろうか、計り知れない。人々はそのとき、どんな恐怖に襲われたのだろう。どれだけの眠れぬ夜を過ごしたのだろうか。

 歴史に名を残す大戦―――『ヴァルハラ戦役』。





(まさかあのときは、それを身を持って体験することになろうとは、思いもしなかったけどね…)

 剣の手入れをしながら、ふと、甦ってきた幼い頃の記憶に、思わず苦笑する。
 ヴァルハラ戦役―――歴史に疎くても、きっとその事象の名前くらいは誰もが知っているだろう、大戦。
 ミッドガルズ大陸北部のヴァルハラ平原を舞台に行われた、ミッドガルズ軍とダオス軍との激しい戦争のことだ。

 本来ならば、ミッドガルズ軍の指揮官となり、勝利へと導いたその立役者であるエドワード・D・モリスン。そもそもクレスたちがこの戦列に加わることになったのも、彼の力になりたいと言う気持ちからであった。
 …しかしエドワードは、もうこの世にはいない。
 幾年も語り継がれてきた戦役の勝敗の行方は、本当にトリニクスに託された日記帳の通りになるのか。すべてがわからなくなってしまったのだ。

 もしかしたらエドワードに「力になります」と言えたのも、結果がわかっていたからこそだったのかもしれない。戦争に対する不安はあったけれど、それはやはり今の心境とは明らかに違うはずだ。
 それでも、今更引き下がるつもりはなかった。どこまでやれるかはわからなかったが、力になりたいと言う気持ちに代わりはない。もしかしたら、あのときよりもはるかに強まったかもしれない。

 エドワードの最期。あの瞬間がずっと頭から離れないでいる。

 そこでふと、手が止まっていることに気づいた。
 忘れるつもりはないけれど、今は目の前に控えた戦いに集中しなければ。
 引きずるのは、そのとき生まれた闘志だけでいい。

 気持ちの整理をつけるようなため息を一度、そしてそれから再びぼろきれで剣の表面を拭い始めようとしたときだった。


「クレスさん」

 呼ばれて顔を上げてみると、布袋をふたつ抱えているミントがいた。

「補給された物資を分けてきました。これは、クレスさんの分です」
「ありがとう」

 そう言って笑顔を作ると、ミントもやわらかく微笑む。この笑顔を見ていると、これから戦場へ向かわねばならないことなど、まるで嘘のように思えてくる。

「あの、」
「うん?」
「…お邪魔はしませんから、ちょっとだけ、ここにいても、いい…ですか?」

 遠慮がちにそう聞いてくるミントに、クレスも少し緊張してしまって、うかがうように頷いた。
 ミントはぎこちなく笑うと、クレスのとなりに腰をおろした。
 何か話でもあるのかと思い、しばらく何も言わずに剣の手入れを続けていたが、なにも切り出してこないミントが気になり、思わずクレスから声をかける。

「どうかした?」
「…昔、母からこの戦役のことを、聞いたことがあります」
 どうやら自分と同じように、歴史上の出来事であったはずのこの大戦のことを、ミントも思い出していたらしい。

「戦争はこわい、そう、母は言っていました」
「…僕の父さんも、何度も何度もそう言ってた。もう二度とあってはならないことだって」
「クレスさん、」
「なんだい?」

「わたし…、本当は、不安で不安でたまらないんです」

 ミントはいわゆるおとなしい女の子だ。アーチェと比べてしまえばその違いは歴然で、控えめで、物静かで。しかししっかりと芯のある女の子。とは言え、彼女をさして知らない人間からすれば、なぜこんな過酷な旅をしているのか見当もつかないだろう。
 それでも彼女は旅の間中、弱音を吐いたことなど一度も無かった。もちろん辛いこともたくさんあるだろう、けれど、いつだって笑って、周囲を励ましていた。

 はじめて聞く彼女の弱気な声に、クレスは思わずどきっとする。

「もちろん、ダオスを倒すことが目的である以上、この戦争よりももっと辛いことはあるとは思う…んですけど」

 小さく吐かれた息からさえも、緊張は伝わってくるようだった。
 クレスは、押し黙ってしまったミントから、視線を愛用の剣に戻した。そして手入れの仕上げに、油を含ませた紙で剣を丁寧に拭いながら、つぶやくように切り出した。

「僕もね、不安なんだ。いつだってこの剣を構えるときにはそれなりの決意はあるつもりだけど…、やっぱりこの戦いは違う。きっと今まで遭遇してきたどんなモンスターより、きっともっとダオスに近い存在も出てくると思う」

 うつむいていたミントが顔を上げるのを気配で感じた。
 隣にいる少女を励ましたいという気持ちもあったが、言葉はそれよりも自然と口をついて出てくる。

「でも、僕はひとりで戦っているわけじゃないんだ。クラースさんやアーチェがいる。…それに、きみがいる」
「クレスさん…」

 視線をもう一度ミントに戻すと、真っ直ぐに見つめ返した。
 なぜだか自然と微笑みがこぼれた。自分でも不安だと言ったはずの大きな戦いを前に、こんな穏やかな気持ちは何故だろう。
 そして口を開きながら、ぼんやりとその答えも見えかけていた。

「僕はね、ミント。振り返ればきみがすぐそばで一緒にいてくれるんだって、そう思うと…、ずいぶんと心強くなれるんだよ」

 クレスの微笑みにミントも安心し、微笑んだ。
 恐怖を完全に拭い去ることはないけれど、でも、自分は。少なくともこの微笑みを守るためなら。
 守りたいから、たとえそのときだけでも、不安を忘れて頑張ることが出来るのだろうと思う。戦を控えたはずの今、感じるこの穏やかさはきっとその証。

 国への忠義や名誉のためなどと大層なことではないけれど、それはささやかながらも、自分なりの立派な戦う理由のひとつであった。



(041205)
書いてから思ったけど、今の時代に生きてああいう教育を受けてきた自分とクレスたちを重ねるのはけっこう間違ってたかもな。
わからないけど、「英雄になって一旗上げてやる!」なんてひともいたような時代なのかな?もちろんクレスたちはそうではないだろうけど。
そう言えばドラマCDなんかではグーングニル重要視してたけど(イベントの件もあるしね)、わたしは空中戦以外で使ったことないかも。オリヴィでムーンファルクスを死に物狂いで入手してますので(w

ちなみに剣の手入れの仕方がわからなかったので、日本刀の手入れを参考にさせていただきました。
(しかし剣の手入れで検索かけるとテイルズやらロードオブザリングやらがわらわら…)
それにしても萌えられなくてすいましぇーん…。これも最初に書き出したのいつだろうか。
いちばん好きなイベントなので、一度こういうの書きたかったのです。