ショート×ショート〜それぞれの2/14〜
1:アーチェとチェスター
2:ミラルドとクラース
3:すずと乱蔵
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今朝出かけるときには、「帰ってくるときにはそりゃもう涙ナシには食べられないようなおいしいチョコ食べさせてあげるわよ」などとのたまっていた同居人は、帰宅してみれば顔や服のあちこちにそれを塗りたくって(仏頂面で)出迎えてくれた。
「…何?」
「おかえり」
「…ただいま。で、何?」
するとますますむすっとした顔になり、何も言わずに背を向けて行ってしまった。
その様子に、一体どんな地雷を踏んだのかとため息混じりに後を追うと、チョコレート臭漂うキッチンに行き着いた。
がちゃがちゃに散らばった調理器具、こぼれたミルク、アーチェと同じようにチョコレートでコーティングされた床。アーチェの趣味で選んだ壁紙の花柄までもが茶色に染まっている。
「おー、こりゃずいぶんとまた盛大に」
「うるさい」
「確か俺が出るときにははじめてたよな。で?どんな力作が出来上がったわけ?」
正直期待はしていなかったが、結果がどうあれ、孤軍奮闘してくれたであろうこの事実(=惨劇)が喜ばしく、どうしてもニヤついてしまう表情を隠すでもなく問い掛けた。
すると、一瞬ためらった後、アーチェはつまむようにして、一粒の小さなチョコレートを突き出してきた。
「あげるわよ」
チェスターはとっさのことに思わず言葉を失い、ただ差し出されたそれを見つめてしまった。
しかしアーチェはチェスターの次のリアクションを待ちきれず、早々に引っ込めようとする。
「なによ、いらないんだったら、」
「いるいる」
そう言ってそのまま、アーチェの指ごとそれにパクつく。
舌に乗せるとじきに溶けてなくなってしまった。
「お、うまいじゃん。さっすが」
「…」
「ありがとな」
「…ばっかじゃないの」
アーチェの繰り出してきたゆるいこぶしは、チェスターの右手でしっかりと受け止められた。
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「ミラルドー、茶ー」
「はいはい、ちょうど今用意してたわよ」
こと、と机に置かれたカップに反応して手にとると、思っていたものとだいぶかけ離れた甘い香り。
訝しげな表情でカップに口をつける前によく見てみれば、紅茶ともコーヒーとも違う茶色。
「なんだこれは」
「チョコレートドリンク」
「私はいつものように茶を頼んだつもりだが?」
「つもりでしょ?だって今日はバレンタインデーだし」
言葉を失う。
「…私は甘いものは、」
「今日くらいいいじゃない。それにね、甘いものには、あなたみたいな偏屈病を治してくれる効能がある、なんて説もあるのよ」
「聞いたことがない」
「だってわたしが考えたんだもの」
「…」
反撃するための言葉を探す気力さえ失われてしまった。どうしてこうも彼女の言い分には逆らえないような気がしてしまうのか。逆らう前から、戦意がそがれてしまうのか。
やはりそれは根っからの尻にしかれマン属性だからか。
結局観念したように湯気の立つそれをゆっくり口に運ぶと、からだじゅうが幸せに満たされた(ような気がした)。
Merry Valentine's day!
あながち、ミラルドの唱える学説ははずれてもいないのだろう。
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それまでは外界へ出ることがあっても、目的以外のことに目をそらしたりすることがなかった。
しかしクレスら5人と出会い、すずはたくさんのよそ見をしたのだった。
この日のことも、そんな旅の途中に知ったのだ。
「おじいさま、これをどうぞ」
すずが乱蔵の前に差し出してきた小皿の上には、ようかんのような直方体が2きれ載せられていた。竹を削って作られた菓子楊枝も添えて。
「うむ?何じゃこれは」
「かかおと言う植物の種子を、煎って砕いてすりつぶして柔らかく滑らかな状態にしたものをもとに、かかお脂・砂糖・ほか香料などを加えて練り固めた菓子です」
「香料…」
なぜだか直感的に、香料、という言葉に反応してしまった。
「し、して、なぜこのようなものを?」
「はい。どうやら外界では、今日2月14日を“ばれんたいん”と言い、女性が愛する男性にちょこれいとと言うものを贈ると言う風習があるようなのです。おじいさまには、日ごろお世話になっていますから、すずもその風習にならうことにしてみたのです」
「(愛、か…)」
次期頭領として厳しく鍛え上げてきたとは言え、かわいい孫娘である。果たして外界における“愛”の意味と、すずが認識した“愛”が一致するのかどうかはわからないが、それでもその気持ちはもちろん嬉しいもので。
「嬉しいぞ、すず。ありがとう」
「いえ、それほどのことでは…」
乱蔵が思わず顔をほころばせて礼を言うと、すずもつられたように笑顔になった。少し赤く染めた頬の様子もかわいらしく、やはり忍び以前に、年頃の少女なのだと感じさせられた。
「では、さっそくいただいてみることにしよう」
「はい、どうぞ!」
乱蔵が楊枝を取りちょこれいとを刺してみる。が、思いのほかそれは硬く、ようかんのようにはいかなかった。
やむなく指でつまんで口に運ぶと、今まで味わったことのあるようなないような不思議な味覚が広がった。
(こ、これは…!?)
思わずうっ、と顔をしかめそうになるのを堪えた。笑顔で見守るすずが目に入ったのだ。
「香料、と言ったな」
「はい」
「香料、とは、一体何を使ったのじゃ?」
するとすずは、より瞳を輝かせて口を開いた。
「はい、おじいさま。おじいさまがいつも奴豆腐を食べるときに、好んでたくさんのせているしその葉です。細かく刻んでこれもすりばちですりつぶし、混ぜました。特に具体的なきまりはないようだったので、せっかくだからとおじいさまの好みに合わせてみたんです!」
「しそ…」
Merry Valentine's day…?
参照:広辞苑
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(050213)