「たっだいまーぁ!」


 終わったのだ。これですべてが。

 時を越えた長い戦いは、アセリア歴4354年と言う遠い未来にて終止符が打たれ、志をともにした仲間はそれぞれ、それぞれの帰るべき場所へ帰った。


 アーチェとクラースも、しかるべき時代へこうして戻ってきた。



「しかし何だな。100年後や150年後の未来をああも目の当たりにしてしまうと、この世界はなんて物足りない時代だと痛感するな」

 なんだか空気の色さえ違う気がする。どこかかすみがかったオレンジ色。もちろん、これは真っ赤に燃えるような色の夕焼けのせい。
 時空転移してきた場所は、ユークリッド村の近くの丘。村では子供がとんぼを追いかけて走り回っている。畑仕事を終えた農夫が、収穫した作物を抱えて家路に着いている。村に一軒しかない八百屋から、夕食の材料であろう食材を抱えて出てくる主婦がいる。
 そういえば、ここからだと村の様子がよく見渡せていい、と、いつかミラルドがそんなことを言っていたっけとクラースはふと思い出した。

「ふぅーん、またまたそんなこと言っちゃって、100年後にも150年後にもミラルドさんはいないんだもんね!」
「お前な…、ミラルドは…」
「関係ないって? フーン、チクっちゃうよー?」
 絶妙のタイミングでアーチェがその名を出してきたため戸惑ったが、クラースは咳払いを一つして無理やり誤魔化す。

「ま、まぁ、物足りないからこそ、発展のさせようがあるってものだ」
「発展?」
「ああ。今に見てろ…、後にクレスたちが、私の名をどこかで見つけることになるかもしれん」
「ふーん、頑張るんだ?」
「ああ。あいつらも今ごろ頑張ってるさ」



 一瞬、風が強く吹いた。

 飛ばされないように帽子を目深にかぶりなおし、目の前にあるユークリッドの村をのぞむ。
 日が暮れかけて、村にある小さな池の水面に赤くなった光が乱反射し、まぶしくて、目を細める。



「なんかへんなの!今この世界にはクレスもミントもチェスターも、すずちゃんも生まれてないのにさ!」
「…そうだな」
 きゅっと、胸が締め付けられるのを感じた。
「それでもあいつらは確実にあいつらの時代を生きているんだ」


 今。
 おかしな話だ。今と言うこの時に、彼らはいない。
 たった今まで傍にいた彼らは。


 もう、会えない。

 別れ際にミントがそう言っていたのを思い出した。すずの流した涙、チェスターの、クレスの言葉。
 ひとつひとつ思い返すと、なんて単純で簡単な言葉だっただろうと思う。


 けれどそのひとつひとつに、今だから、意味を感じる。


「私はもう、あいつらに会うことはないんだな…」
「クラース…」


 ふと、握っていた剣を見やる。
 エターナルソード。
 これさえあったら、いつの時代でも好きなときに、好きなように行き来ができる。



「封印、やめちゃえば?そしたらいつだってクレスたちに会えるしさ、ね、クラースの研究のためにも未来に行き来できたほうがいいんじゃないの」
「アーチェ、」


 アーチェの指先がエターナルソードに触れようとするのを制した。
 首を左右に振って、宥めるように、たしなめるように。
 でもそれはアーチェに対してなのか自分に対してのことなのかは、よくわからなかった。


「わかってるだろ、ダメだ。そんなこと」
「でも…」
「人間が、時間を自由に操っちゃいけない」
「…」
 アーチェの脳裏をかすめたのは、エドワードの死。
 クレスとミントが時間をさかのぼってきてしまったことで生まれたひずみによる、歴史の変化。

「それにお前だったら100年くらい軽く生きれるだろ」
「まぁ…そうだけどさ…(クラースのために言ったんだけどな)」
「私の研究も、そうだ。答えを先に見せられたら面白みがないだろう」

 アーチェははっとして、エドワードが、ハロルドが言っていた言葉を思い浮かべた。
 1%の努力を。結果を知ってしまって手を抜くことがないよう。最後まで、努力をし続けようと。

 クラースの横顔は、やけに清清しかった。
 どこを見つめるわけでもなく顔を上げた。



 遠くで、ついさっきまで確実にいた仲間たちの声を聞いた。
 別の時代を生きる、でも同じ時間を共有した、仲間。
 それぞれの時間は重なり合うことはないけれど、それでも確実に、それぞれの時代で彼らの「今」を生きている。




「さて、そろそろ帰るとするか!」
「オー! たまには遊びにきてよね!」
「お前も…いや、来なくていい」
「エー、なんでよなんでよー!」
「ほら、いいからとっとと帰れ!お父さんに顔を見せてやれ」
「…ウン!」

 じゃあな、と言い合ってお互い背を向けて歩き出す。

 こうしてそれぞれみんなが、少しずつ違った道へ一歩足を踏み出した。
 しかるべき時代で、それぞれの進むべき道を進んでゆく。



 遠い未来で、同じ志を持った仲間達へ。
 きみたちに誇れるような人生を送ろう。



(04/01/31微改訂)
なんかうまく言えない。言いたいことが言い切れない。
同じ時代に生きてないけど、でもクラースたちの「今」とクレスたちの「今」とすずちゃんの「今」っていうのはどこか重なり合ってると信じたい。
なんか色々想像してしまって今勝手に泣きそうです…。
またいつか改訂予定。