「…あ、雨だ」

 クレスの言葉にうん?と言いながら、クラースは窓のほうを見やる。
 確かに朝からどんよりとした雲が気に掛かっていた。今日もしかしたら一雨来るかもなだとか、朝食の時間にそんな会話をしたような気もする。

「アーチェとミントはどうした?」
「ミントは食糧の買出しに行きましたよ。アーチェは…なんだかふらっといなくなったっきりで」

「アーン、濡れちゃったよお〜」


 クレスが言い終えるのと同時くらいに、部屋のドアが開かれた。
 ほうきをドアの傍に立てかけると、髪や服にかかった水滴を払いながら、クレスとクラースのいる窓辺へ近づいた。

「なんだアーチェか」
「むぅ、アーチェかとは何よアーチェかとは!失礼しちゃうー」
「ご、めんごめん。…だけどそれにしても遅いな、ミント」
「そんなに心配なら迎えに行ったらいいじゃないか」
「べ、つに僕は、そんな…」
「それに、ミントも傘なんか持っていかなかったんだろう?宿の人にでも借りて、迎えに行ってやったらいいじゃないか」
「…」
「ほら、クレス」

「…行ってきます」


 いっけんうまく言いくるめられたように見えるが、クレスは内心ではたき付けてもらえて良かったと思っている自分を素直に感じていた。
 背中に、窓辺から注がれる、なぜだか妙な期待に満ちた視線が少し痛いところだが、宿の受付の人に言ったら貸してもらえた、宿の名前入りの傘を広げると、食材屋に向かって歩き出した。
 確かこの町には、食材を扱う店はあの一軒だけだったはず。迷うこともないだろうと、クレスは最短ルートを選んで進んでいった。








「おっとお嬢さん、雨が降っているからね、その紙袋にこっちのビニール袋を重ねて下げていくといいよ」
「え、雨、ですか?」
「ほうら、なんだかさっきよりも強まったみたいだ」
「…大変!」
 ミントはビニール袋を受け取りながら、店の外を見つめて驚いた。
 確かに朝から厚い雲が覆っていたのは気になっていたが、まさかここまで大雨になるとはおもっていなかった。
「おや、傘持っていないのかい?もし良かったらうちのを貸そうか?」
「いえ、でも…」
「いいっていいって、明日にでも返してくれれば。困ったときはお互い様、だろ?お嬢さんかわいいし、たくさん買い込んでもらえたし、な」
「…ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えて」
「あいよ、毎度!」
 食材屋の店主がカウンターの下から取り出した傘をありがたく受け取ると、ミントは一礼し、店を出た。



(…明日までには止むといいのだけれど)

 雨を降らすのをやめようとしない空を見つめながら、思わずため息をついた。
 予定では明日、朝早くに港へ行って、ベルアダム近くの港まで船を出してもらえるよう頼みに行くところだった。
 なんだか出鼻をくじかれたような気がする。もしもこの雨が続けば、きっと海は荒れて船も出してもらえないだろう。



「…ミント!」
「…クレスさん?」

 名前を呼ばれ、ミントは視線を空から移した。

「あ、れ、傘持ってないだろうと思って迎えに来たんだけど…、持ってた、みたい、だね…」
「え、あの、これは食材屋のご主人が貸してくださって…」
「…そっか。あ、貸して、荷物は僕が」
「あの、でも…」
「いいからいいから、ほら」

 ミントの手からビニール袋を丁寧に奪うと、行こうか?と促した。
 …実は2本貸すと行ってくれた、宿屋の受付の人の好意はわざと断った。

(まぁ、なかなかそううまくはいかないよな)

 クレスは自分を慰めるようにそうつぶやくと、小さく笑った。
 下心で働いた行為だなんてそうそういい見返りを得られるはずはないのだ。そう宥めながら。

「…ありがとうございます」
 ミントが少し残念そうな顔をしたのは気のせいか。そもそも何を残念がったのだろう?
 クレスは言い訳がましく、少し大きな声で言った。
「クラースさんがさぁ、言うんだ。迎えに行ってやれー、って」
「…クラースさんが」
「あ、でも、雨が降り出したから、僕も気になってたんだけど」
「…クレスさん、」
「うん?」
「ありがとうございます」

 雨音でかき消されてしまったかもしれない。
 雨は、どんどん強くなっていく。
 宿は、もうすぐそこだ。

「…クレスさん、」
「うん?」
「…失礼します」
「うん、え、え?」

 ミントは自分の持っていた傘をたたむと、状況の把握し切れていないクレスの傘の中に飛び入った。
 クレスはミントのほうへ傘を向けると、ばさばさと折りたたんだ傘の水滴を払うミントを不思議そうに見つめた。

「…えーと、あの?」
「少しだけ…で、いいから…」
「え?」
「…こっち、いても、…いいですか?」
「…うん」


 雨は、どんどん強くなっていく。
 だけどそれに反比例して、歩調はどんどん、ゆるくなった。


(04/01/11)