「おはようミント、ずいぶん早いね」
「クレスさん、おはようございます」

 最後の不寝番だったはずのチェスターがすっかり寝こけていると思ったら、すでに焚き火には新しく火が起こされていた。
 誰か起きたのか、と歩き回っているところに、ちょうどやってきたミントと視線がかち合った。

「クレスさんこそ今日は、早いんですね」
「…そうだね」

 今日は、に妙な強調を感じたのは気のせいだろうか。まぁ確かに決して早起きなほうではないけれど、それでもアーチェやあるときの(たとえばアルコールだとか)クラースに比べたら良識あるほうじゃないかな、と心の中で言い訳をした。もちろんミントとて、そこまで責め立てているわけではなかったのだが。

 ミントがやって来た方角は確か、と記憶を辿る。きれいな川があったんだっけ。おかげで水がたくさん使えるとみんなで喜び、夕飯にはその水をふんだんに使った、ミント特製のおいしいシチューをいただけた。
 それはミントの持っていた調理用の鍋で確信を持った。その鍋にはたっぷりと水が張られている。

「朝ごはんの分かい?僕が持つよ」
「大丈夫ですよ」
「いや、でも」
 強引に奪ってしまおうかとも思ったが、そのたっぷりとした水に気付いて、出しかけた手を引っ込める。こぼしてしまってはせっかくのミントの労力も無駄になってしまうし、きっとミントも濡れてしまう。
「ふふ、わたし、結構腕力には自信あるんですよ?」

 じゃなくって。
 クレスは口元だけでウーンと笑いながら、なんとなく頬を掻くしぐさをした。

 なんというか。男が、すたる?というか。
 ミントはとても器量のいいお嬢さんであることに間違いはないのだが、なんていうか、もっと甘えてくれたらと思う場面もしばしば。

 好意云々に関わらず、自分は男でミントは女性なのである。助け合いの精神と言うものは、きちんとした躾に影響されてか、昔から持ち合わせていたし、こんな旅をしているせいで、余計に身にしみて思う。
 女性と言うのはたとえどんなにたくましくなったとしても、男に劣る部分はどうしてもあるわけで…(まぁ水のたっぷり入った鍋を持てないほどではないとは思うのだけれど)。

 そもそも男は女性を支えてなんぼというのが持論でもあるし―――…。

 しかしミントの頑固さは重々承知していたので、クレスも渋々ながら引き下がり、ミントの隣を歩く。
 作った焚き火の周りにはまだ誰もいなかった。

 そこでやっと、クレスはあることに気付く。


「あれ?ていうか朝の当番ってミントじゃないよね?きみは夕べ―――」

 ふふ、とミントは笑うと、唇に人差し指をあてながらしぃ、と言った。

「当番、クラースさんなんです」

 クレスがちらと、横たわるクラースを見やる。起きる気配はまったく見られない。
 どうやら今日がその「あるときの」クラースであるらしい。

「夕べ、遅くまで魔術書を読みふけっていたみたいで」
「魔術書…って、昨日手に入れてたアレ?」

 ミントが頷く。
 そういえば、と、昨日クラースが、嬉々として「掘り出し物が手に入ったんだ」と語っていたのを思い出した。

 手に持っていたのは分厚い本。クレスは彼と出会ったばかりの頃、彼の持つ本についていろいろ質問を投げかけたのだが、そのたびにかえってくる意味のわからない単語の羅列や、もはや聞き手を無視した完全なる講演にはさすがに懲り、最近では適当に相槌を打つことにしている。
 それでもクラースは構わず独り語りをおっぱじめるので、そのときはうまく剣の鍛錬やら食事の準備を言い訳にして逃げている。

 逆に人のいいミントはいつもその独演に引っかかるのだが、最近では彼女もわずかながら会話についていけているらしい。先日、ふたりで意味のわからない言葉を列挙しているのを目撃したとき、何事かと思ったものだ。

 どうやら昨日も、そうしてひとしきり語った後、本格的に読み始めてしまったらしい。もちろん1日2日で読み終えられるような厚さの本でも、簡単な内容の本でもないので、夕べ眠りにつく前に読み進められた量などタカが知れている。それでも新しい知識の吸収を待ちきれなかったのだろうか。

 まったくそういうところは子供みたいだ、とクレスは12も年上のことを思う。
 ミントはそのときにもテキパキと朝食の準備に取り掛かっており、たっぷりと運んできた水を火にかけ、そのそばで残りの食材を確認している。

「でも、そんなに気を使うことないんだよ?」
「いいえ、なんだか早く目が覚めてしまったので…」
 ミントの代わりに、焚き火に新しい薪をくべた。少し火が小さくなっていた。
 ミントは気付いてにっこりと笑って礼を言う。長く一緒に旅をしていても、彼女の笑顔には相変わらず心音が早くなるのを感じた。

「よく眠れなかった?」
「え?」
「そういえば、ここ最近野宿してなかったし…、」

 過去に時空転移したばかりのころ。クレスとミント、ふたりだけで旅をしていたころ、お互い旅の経験の無いふたりは、野営の知識がなく苦労した。屋根の無い場所で眠るのにさえてこずったものだ。
 未来での旅に入ってからは、序盤でレアバードと言う移動手段を早々に手に入れられたため、旅も格段にスムーズになった。なにせ地上を歩く旅は、ただ歩くだけでは済まされず、ときたま現れるモンスターとの戦闘をこなしながら進めていくしかなかったのである。時間もかかり、労力もかかる。
 しかも運良く、ここしばらくは、距離的に町から町への移動することができていた。あいにく昨日とったルートでは、手ごろな位置に町がなく、野営決定となったわけだが。

「いいえ、大丈夫です」
「そうかい?それならいいんだけど…」
 ミントは笑顔で答えるが、クレスの表情はあまりはっきりしない。
「それに、わたしは少しくらい眠らなくても平気ですよ。クレスさんたちとは違って、戦闘中も後衛からのサポートですし…」
「そんなことないよ。役回りは違えど、戦っていることに違いはないんだ。しかも女の子のきみにとっては、易しい旅でもないだろう?」

 確かに皆それぞれ戦い方は違う。確かに傷を負うのは後衛のミントよりも前衛のクレスのほうが多い。
 しかし誰かがラク、だなんてそんなことは決してない。皆が懸命に道を切り開いているのだ。皆で一緒に。

「僕はね、ミント。きみが後ろから見守っていてくれてるんだって思うと、力強いんだ」
「…クレスさん」
「いいかい?無理はいけないよ。つらかったり、つかれたら、いつだって僕に言って欲しい」

 つらかったり、つかれたら、無理をせず言って欲しい。もちろん旅の仲間みんなにそう思うし。
 ミントには、たぶん、特に。

 いつだって支えになりたい。そう思う気持ちは日増しに強くなっている気がする。
 旅も終盤。エターナルソードという切り札を手に入れた今、つまりはほんとうの「決戦のとき」が近づいていることを意味する。

 この旅の間中、何度も何度も考えた、自分の闘う理由。
 
 守りたい。大切な人たちを。守りたい。
 旅の間出会った人たちを、となりで笑う仲間を。…彼女の笑顔を。


「ねえミント、僕はきみの―――…」



    ガサガサガサ




「!? 敵襲か!?」

 クレスはすばやく立ち上がり、腰に携えた剣の柄に手を置いた。
 思わずミントが驚いて、手に持っていた野菜を落としてしまうところだった。
 一瞬にしてクレスの目つきは、戦闘中に見せるような鋭いそれに変わり、物音のしたほうにうかがう。

 しかしミントが驚いたのは、その良すぎる反射神経にではなく。


「…クレスさん、クレスさん」

 ミントは、立ち上がったクレスのマントを軽く引っ張る。

「ダオスの手下でも、モンスターでも、野犬でもないですよ」
「え?」

 意識しすぎて、物音のした草むらばかり見つめていたクレスが、きょとんとした顔でミントを見返す。
 ミントはぎこちなく笑うと、大きな木の上方を指差した。

「あはははは〜…、見つかっちゃった☆」
「…アーチェ!!」

 アハハと悪びれなく笑いながら、ひゅるると優雅にほうきで地上へと降りてきた。
 
「もー、あのバカがブーツ脱ぎ落とすなんてヘマしなきゃ、もうちょっとでいいところだったのにさぁ」
「あの、バカって…」

 もしやと思って、葉の茂る枝の中を探してみると、案の定と言うか。

「…よお、クレス…わはは」
「チェスター!!」

 観念したように隙間から顔を覗かせると、ゆっくりと木から降りてきた。
 そしてその木の根元に落ちた自分のブーツを拾い上げると、それに足を突っ込み、不機嫌極まりないといった様子の親友のもとへ近寄る。

「なにやってたんだよあんなところで!」
「いやぁ…、ミントの好意に甘えて寝ようとはしたものの、すぐにおまえが起きたのに気付いてさ…もしかしておもしろいもんでも見れんじゃねえの?とか思って…あいや、つい出来心で…」
「あ…たしもさぁ、なんかおなかすいて目が覚めちゃってさぁ…、そしたらチェスターがなんかウロウロしてて、なにやってんのかなぁと思って…」

 のぞき犯ふたりは揃って、「ごめん」とつぶやくように言うと、クレスとミントの表情を交互に伺った。
 クレスはまいったという表情でためいきをつき、ミントは顔を赤らめ視線を足もとに向けたまま。
 とりあえず怒りのピークは超えたようで、アーチェとチェスターは顔を見合わせ、安堵の表情でため息をつく。

 とりあえずこの話題を引きずるのはよくなさそうだと、クレスが話題の矛先を変えようと、何かを言いかけたとき。


「で? 朝っぱらから何やってたのかなぁ?」

 アーチェがにやにやした顔で詰め寄ってくる。こうなってくるとクレスもミントもてんで弱く、反論が出来ない。

「あ、い、いけない! 野菜を洗う前にお湯を沸かしてしまいました…、ちょ、ちょっと行ってきますね!」
「あ、ミント!」

 ミントはなるべくアーチェとチェスターと目を合わせないようにしながら、袋の中から出していたいくつかの野菜を抱えて、川のあるほうへ向かって走って行ってしまった。
 動揺を隠そうしたらしいのはわかったが、赤く染まった頬を見れば一目瞭然である。

「…なんかワザとらしいのー」
 アーチェがぽつりつぶやくと、今度は1点集中でクレスを見つめた。
「ねえ、ねえ、なんか言いかけてたよね。それで?なんて言うつもりだったわけえ?」

 クレスはう、う、と口ごもりながら、迫ってくるアーチェの気迫に押されて後ずさる。
 チェスターも、ミントがいなくなったおかげでいっさいの遠慮がなくなり、アーチェと共にクレスに押し迫る勢いだ。
 しかし、もうあとがない。もう少し下がれば、眠っているクラースの後頭部に、硬いブーツの踵で一発お見舞いしてしまうことになる。

「ああ! そういえば僕ー…、まだ顔も洗ってなかった!」

 クレスはわざとらしくそう言うと、アーチェとチェスターの好奇に満ちた視線から逃れるべく、ミントのあとを追うように、あわてて水辺へ向かって走り去った。



(04/0218up)
まぁ火の傍を離れるなんてとか。いいのいいの、川はすぐそばなの!
てゆか野営の知識が無いので適当でごめん。野宿んときって火とかってどうすんの?つけとくと野犬とかモンスター(!)とか集まってきそうじゃん。でも映像で見る物語って、たいてい火はついてる気がする。
今度調べよう…。

ミントの能力は敵を倒す力がないゆえ、前衛に立って刃こそ持たないけれど、きっとうしろからみんなを見守って、注意深くあたりを伺っているはず。そういうの含めてのサポートでしょ。
しかしあたしのクレスがいやに積極的なのは、K月氏へのささやかな反抗でしょうか。

わざわざ木に登ってのぞきをすることに意味はあるのか。
すずちゃん…が、いないね…そういえば…(アーン!)