今日は久しぶりの休養日にあてられた。
一向は現在、アルヴァニスタに留まっている。
ダオスを倒すために必要な『時空の剣』を手に入れるための情報収集が思ったように進まず、苛立っている面々を見かねてアーチェがむりやりに提案したのだった。
クレスは特に反対していたが、今ここで無理をしても仕方ないだろうと言うクラースの言葉に渋々引き下がり、整備の点検をかねた荷物整理を黙々と行っている。
「…あら?」
なかなか荷物を減らすことの出来ないクレスがかなり盛大に荷物を広げているところに、入れたてのコーヒーを運んできたミントは、ひとつ気にかかるものを見つけた。
「あの、クレスさん?」
「うん?あ、ああ、ありがとう」
自分のそばに置かれたコーヒーに気付き、軽く礼を言った。しかしミントの意識は別の場所へ向かっていた。
「…あのー、それ、」
「うん?」
それ、と言われて指差されたほうに視線をやると、そこにはうす汚れてしまったマスコット人形。
それはどうやらクレスに見立てているようで、彼の髪の色、いつもしているバンダナまでしっかり再現されている。
「…売っているもの、じゃないですよね」
「…うん」
クレスはそっと手を伸ばすと、そのマスコット人形を手にとった。
この旅の間中も、肌身離さず持っていたせいで、だいぶ汚れてしまった。
「これはね、ミント」
慈しむような目でそれを見つめ、まぶたを閉じた。
いまでもはっきりと思い出す。これを手渡してくれた、ひとりの少女を。
「おお、ミント。ちょーどいいところに。今から買出し班出かけるんだけどよ、何か足りないもんとかあるか?」
「…」
「…ミント?」
「え!? あ…えーと、なんでしょう?」
チェスターはミントを訝しげに見つめた。
「なんだぁ?クレスとけんかでもしたのかぁ?」
「そんなんじゃありませんよ」
冷やかしのつもりで言ったのだが、ミントの反応はいまいち。と言うか、落ち込んでいるようにも見える?
「どうかしたのか?」
「いえ、あの、なんでもないんです。えっと、なんでしたっけ?」
ミントは笑って見せたが、どこかぎこちなかった。
チェスターはしばらく考えてから、脇から椅子を引きずってきて、背もたれを抱きかかえるかたちで行儀悪く座る。
「あの?」
「ほら、話してみろよ。なに抱え込んでんのかしんねえけどよ、話せばちったあラクになるかもしんねえだろ?」
「…チェスターさん」
彼の優しさは心からありがたかったが、…よりによって、こんな、一番話しづらい話題。
きっと彼が聞いたら怒るだろう。ミントはうまい言い訳を考えようとしたのだが、結局何も浮かんではこなかった。
「あ…の、」
「あ、それともあれか?俺じゃ役不足か?」
「いえ、そうじゃなくって!」
「まー、話したくねえなら無理にとは言わねえし…」
「そうでも、ないんです…けど」
煮え切らないミントをじいとのぞきこむと、チェスターは椅子にきちんと座りなおしてどっかりと構えた。
「じゃあ話せるな?話してみろって。まずはそこに座る」
ほとんど強引に展開をもっていかれ、ミントも苦笑しながらチェスターの席の正面にあたる場所の椅子を引いた。とは言っても、チェスターが椅子を引きずっていってしまったため、実質はテーブルの角をはさんだ隣の席ではあったが。
ミントは覚悟を決めたように息を吸うと、伏し目がちに口を開く。
「…アミィさんの、こと」
チェスターの反応は気になったが、顔を上げることはできなかった。彼はただ黙っている。
「クレスさんのマスコット人形を見せてもらったんです。とても大切そうに、愛しそうに、クレスさんはそれを見て微笑んでいたんです…」
そこまで言って、はっとチェスターを見る。
「あの、ごめんなさい! …でも、わたしの知らない時間が、そこにはあったんだんだなぁって…。当たり前のことを、少し考えてしまって…」
アーチェと初めて出会ったころ、買い出しの時に街の女の子と話す機会があるときですら、不安になることもある。そう言うときは、こうして彼のそばにいることができるだけ幸せだと言うことを忘れてしまうのだ。
それすらかなわなぬ想いもあったろう。…あのマスコット人形に込められた意味は。
なんて卑しい考えだろう。言いようのない恥ずかしさと後悔が一気に襲ってくるようで、いたたまれなくなったミントは、チェスターと目を合わせないように立ち上がった。
「ごめんなさい、チェスターさん。買い出しでしたっけ?急いで食材やアイテムの残りを確認してきますから―――」
「ミント」
その場から去ろうとするミントを名前で呼んで制した。
それから聞いてくれ、と小さな声で続けるチェスターに、ただ頷くことしか出来なかった。
「あいつはさぁ、クレスのこと好きだったんだよな、ずっと」
吐き出される息がかすかに聞こえるくらの静けさの中、ずきんと胸が痛むのを感じた。
「そのマスコット人形、あいつがクレスの誕生日のプレゼントに作ったんだ。なかなかうまくできてただろ?」
ゆっくり頷くと、チェスターは満足げに笑った。見たことはなかったが、きっとこの笑顔でいつもアミィを優しく見守っていたのだろうと自然とその情景が浮かんできた。
「俺もさぁ、いつかはあいつの想いが届いて、クレスと幸せにやってるって未来を、ぼんやり考えたりもしたけどさ」
ミントから視線を外し、どこか遠くを見つめるような瞳をしながら、チェスターは続けた。
「ほら、クレスってあんなんだしよ、もしかしたらアミィのやつに強引に押されてそのまま結婚!なんてことにもなってたかもしれない…ってあ、わりぃ」
いえ、と首を横に振って答えた。胸は苦しかったが、それはクレスに対しての想いではなかった。
「でも思うんだよな。きっとあいつだって、クレスが幸せになるならそれを望んでる。俺だってそうだ」
きっと今はかたちのないアミィに向けられた視線は、また急にミントに戻された。
突然真っ直ぐに見つめられたミントは少しばかり緊張してしまう。
「アミィの想いは届かなかったけど―――、今、あいつは幸せだしな。ミントがこんなに想ってんだもんな」
「え!?」
さきほどまでのシリアスな表情から一変させ、ミントはその白い肌を一気に耳まで真っ赤に染め、動揺した。
それを面白がってからかうような口調でチェスターは畳み掛ける。
「おいおい、みなまで言わせる気かぁ?勘弁してくれよ。おれはそこまでおせっかいじゃないぜ?」
「…チェスターさん」
からかうのをやめ、改めてミントをしっかりと見つめた。
ミントもしっかりと見つめ返してくる。きっと、想いは伝わった。
「ま、そんなわけだからよ。ミントはミント。今までと同じようにミントらしくしてろって」
「わたし、らしく」
「そーゆーことだな。あいつもそんなミントに惚れたんだしな」
その冷やかしの言葉に、ミントが再び顔を赤らめることはなかった。
それからほんの少し考えた後、ためらいがちにゆっくりと椅子から立ち上がる。
「あ、あの、わたしクレスさんのお手伝いしてきますね」
「おう、行ってこーい」
足取りも軽いのか小走りに去ってゆくミントを満足げに見送った後、腕を大きく伸ばしてうんと伸びをした。
どこか気持ちも晴れやかだった。アミィもそばで笑ってくれている、そんな気がした。
しかしそんなチェスターとは裏腹に、殺気に満ちた視線が後方より一点。
「…ちょっと、チェスターくぅん?」
「…( や べ ぇ 、)」
伸びをしたまま、天井に向かってのばされた腕は力なく落ちた。
そうだ、そうなのだ。そもそもミントに話しかけた理由は。
「いつまで経っても来ないと思ったらなぁに?ミントと楽しくおしゃべりですか。へーえ、ふぅーん」
「あいや、なんかあいつが悩んでたみたいだったからさ…」
「ミントに優しくできるなら、外に待たせたあたしに一言かけるくらいの気遣いを見せなさいよーーーーー!!!!!」
こちらの悶着がおさまったのは、結局どっぷりと日も暮れ、宿のおかみが夕食の時間を告げるころになってしまった。
(041103)