しんと静まり返った闇の中で、聴こえる音と言えば燃える薪のパチパチと言う音だけで。
ふと空を見上げればこれでもかというくらいの満天の星空。ああ、ここに一筋の流れ星なんか流れてきたらなんて最高にロマンチックな夜だろうか。
なんてことを薪をくべながら考えて、ふと自然に眠るミントの後姿を見つめていたことに気づいて思わず赤面した。
いけないいけない。なんのための見張りだ。みんなの安眠を守るために自分がこう起きているわけなのだから、こんなくだらない妄想を膨らませている場合ではない。
しかしその時、岩にもたれるようにして眠っていたミントの体がむくりと起き上がってきた。
「…ミント?」
クレスは、他の皆を起こさぬよう気をつけたごく小さな声で名前を呼んだ。
起き上がったミントは振り返ると、口元に僅かな笑みを浮かべた。
「眠れないのかい?」
「いえ、…はい」
クレスの問いに、ミントは一瞬否定してから素直な答えを述べた。
旅をはじめたばかりのころ---モリスンの法術によって過去の世界に飛ばされ、クレスとミントがしばらくふたりだけで旅をしていたころ、旅の経験のないミントは、土の上で眠ることができずに苦戦していた。
しかし旅も終盤、さすがに野営にも慣れ(と言うか無理にでも寝なくては体が持たず)、夜中に起き出すなんてことはなくなっていたのだが。
「簡単な旅じゃないからね」
手に持っていた最後の薪を火の中に投げ込むと、クレスはほんの少しだけ大きくなった火を見つめた。
琥珀色の瞳がオレンジ色に染まる。
「男の僕が思うんだ、女の子の君には過酷すぎる」
「…クレスさん、」
ミントは立ち上がり、火のそばに腰を下ろしていたクレスに近づいた。
ミントがいいですかと訊ねる前に、クレスは自分の隣りを示し座るよう促した。
「夏が近づいてきたとは言えやっぱり夜は冷え込むなぁ。次に寄る街でなにかかけるものでも見てみようか。今のそれじゃあ、」
「クレスさん、」
そうじゃなくて、と目だけで言うと、ミントはさっきまでクレスがしていたように、赤く燃える火を見つめた。
「わたしだって…、もう土の上で眠るコツくらいつかんだんですよ?」
「…そっか。もうずいぶんと長いことこんな生活だもんね」
「…お母さんの、夢を見たんです」
お母さん。
思わずどきっとした。ミントの視線が焚き火にだけ注がれていて本当に良かったと思う。
ミントの口から出るその単語は、クレスに別の意味も与える。
胸が痛む。あの時見たことは、多分ずっと目に焼きついて離れない。
「…どんな?」
むりやり搾り出せた言葉はたったのこれだけだった。
ミントは微笑むと、膝をきゅうと抱きかかえた。
「ダオスを倒してー…、この旅が終わって、わたしたちの時代に帰って。
お母さんに会って、報告をしているんです。わたしが。
お母さんはわたしに、辛かったでしょう、よく頑張ったわね、そう言って…。
おかえりなさいって、わたしを抱きしめてくれて…」
夢の中での出来事を再現するかのように、膝を抱く腕に力が入る。
自然と目頭が熱くなった。
クレスはミントを見ているのが辛くなって、同じように焚き火を見つめた。
残念だけれど、その夢は夢でしかなく。
決して現実になることはないと、クレスは知っていたから。
それでも本当のことが告げられず、精一杯の言葉を。
「…君のお母さんにいい報告をするためにも、頑張らないとね」
「…はい」
本当にわかっているのは実はミントのほうだけだった。
でもそれも優しさのためにつかれた嘘だと言うことは重々承知していたから、ミントは微笑んで頷いた。
いつか、この人に告げなければならない日が来るだろう。ミントは気づかれないように右手をポケットに入れると、その存在を確かめた。
なんだか今言うべきことでもない気がした。
「ミント、明日も早いよ。休めるうちに休んでおかないと」
「…はい、」
ミントは立ち上がって、もといた場所まで戻り、腰を下ろした。
そこでゆっくりとまぶたを下ろしてから、つぶやくくらいの声の大きさで。
「クレスさん」
「なんだい?」
「おやすみなさい」
「…ああ、おやすみ」
クレスはもう一度空を見上げると、まぶたを閉じて、細いためいきをついた。
父さん、母さん。
僕も早くいい報告ができるように頑張るよ。
でもそのときは、もうひとつ別のいい報告も、…したい。
再び静かに寝息を立て始めた背中を見つめながら、クレスはこっそりと星空に誓った。
(04/01/10)
さーて、野営なんかしてんのに焚き火なんかしていいのかしらなんていうことはまぁ聞かないで。
でもいろんな人のいろんな冒険もの読んでるといろいろあんだよねえ。
あと、テントとかないんだね…みたいな。もっと頭を使おう。自分。