「…あの歴史のわたしは、あれからクレスさんと出会うこともないんでしょうね…」

 チェスターを見送ってしばらくした後、ミントはぽつりつぶやいた。
 時間の流れに無限の可能性があることを知ったクレスとミント、そしてチェスターは、その枝分かれした先の時間のなかのひとつへと飛び込んだ。
 そしてそこでなくしたくないもの、なくしたくないひとを救うべく、トーティスとミントの実家それぞれで待ち伏せし、マルス率いる黒騎士団を討ち取ったのだった。

 すべては終わり、メルとディオとクルールと、そして遥か遠い未来の時代に住むアーチェと別れ、クレスたち3人は自分たちの時間へと帰ってきたのだ。
 しかし今の時刻は夜が明けたばかり。そのため、ミントは現在居住している教会へは帰らず、クレスの家へ共に向かっている。


「え?」

 クレスは聞き返した。それは聞こえなかった、というよりはそのことばの意味がわかりかねるという意味で。


「トーティスが襲われず、わたしもずっと母とふたりきりの暮らしを続けていたら…、きっと、クレスさんと会うことはなかったんだろうなぁって」

 クレスは返答すべきことばが浮かんでこず、しばらく何かを考えていたが、ふとやわらかな微笑を浮かべると、となりを歩くミントの手をとり、しっかりとつなぐ。
 ミントも気付いてきれいな笑顔をつくってみせたが、しかしその穏やかな表情とは裏腹に、胸中はかなり複雑だった。


 怒られるだろうから言わないけれど、この数奇な運命にめぐり合わせてくれたことにときどき、ほんとうにときどきだが感謝したりもする。
 

 旅から続いている曖昧な関係は、旅を終えても大きく変わることはなかった。こうして手を繋げるようになったのも随分な進歩で、それさえ大いに時間を要した。
 言葉ではっきりと示されたことはないけれど、それでも心で通じ合っているのだと信じている。

 …とは言え、不安がまったくないというわけにはいかなくて。




「もしかしたら…、今ごろあの時間軸のクレスさんのとなりには、アミィさんがいるかもしれませんよ?」
「…なんだかいじわるなこと言うねぇ」

 クレスは困ったように笑い、頬を掻くいた。
 ミント自身、少しいじわるなことを言っていると言う自覚はあった。


 ミントの脳裏に、旅の途中の出来事が浮かぶ。
 今でもはっきりと覚えている。あれはアルヴァニスタの宿屋。時空の剣の情報収集のため留まっていたのだが、最終決戦を前に英気を養うためにもと休養日を設けたのだ。
 そこでふとしたことでチェスターとふたりきりで話す機会があって、聞かされた、彼の大切な妹―――アミィのこと。
 それはチェスターの口を通しての言葉ではあったけれど、けれど確かに伝わってきたアミィの想い。

 そのときもらったチェスターの後押しも、確かにささやかな勇気には変わったけれど。
 思わず息を吐き出しそうになるのをこらえた。

 しかしまるでそんなミントの胸中に感づいたかのような絶妙なタイミングで、クレスが突然明るい口調で切り出してきた。

「でもさ、僕がきみのこと捜し出して、出会ってたかもしれないよ?」
「え?」
 思わずミントはどきっとした。
「ほら、ユークリッドだったら僕だってそこそこ行くし。買い物の途中にバッタリ、とかさ」

 ああ、と少し残念な声色は隠せなかった。
 やはり恋愛小説の読みすぎだろうか。運命、だなんて甘い言葉を期待してしまっていたので、肩透かしをくらったようだ。
 そううまく行くばかりではないなとぼんやり考えていると、危うく聞き逃してしまうような声で「でも」、とクレスが続けた。


「他の時間軸のことはわからないけど、今ここにいる僕はこうしてきみと手を繋いでいる。
 …それじゃあ、ダメかい?」

 頼もしげな口調とは裏腹の少し頼りない笑顔が、昇りかけた赤い陽に照らされる。
 思わずミントはこたえるのを忘れ見とれてしまったが、やがて言葉の変わりに、ゆっくりと手をにぎり返した。とてもきれいな笑顔で。今度は何の迷いも無かった。


 逆に今度はクレスがそのミントに見とれることとなり、はっと気付いて気がついたように頬を染めた―――ように見えたが、もしかしたらこの赤い朝日のせいなのかもしれない。
 クレスの手は緩められるどころか、離すまいとばかりにしっかりとミントの手を包みなおした。


「クレスさん」
「な、なんだい?」
 まだ少し動揺が残った声色に気付き、ミントはくすりと笑った。
「おいしい朝ごはん、作りますから」

 クレスは満足げに笑った。この笑顔と、掌のぬくもりが、言葉よりももっと多くのことを伝えてくれている気がした。


 とはいえ、たとえどの時間どの場所でも、この青年のつないだ手の先にいるのが、いつだって自分であったらいいなと思ってしまうのは。
 少しわがままが過ぎるだろうか。

 ミントは燃えるような朝日を眺めながら、思った。


(050204up)
旅の終わり」その後って感じで。
一応「マスコット」とリンクしてます。ほんのちょびっとですけど。

読んだのはだいぶ経ってからですが、色々と思うところのあるおはなしで。
あとディオ→ミントに軽く萌えてみる。メル→チェスターはかすみました。いいなぁ、あたし基本的にヒロインは総受けというより総モテの方向なので(ワオ!


あとどうでもいいけど、最初のほうでクレスが、ミントの作った朝食を、『ベーコンから出た油もパンで拭って食べてしまって』とゆー一文を見て、なんか死ぬほど嬉しくなりました。
いやんなんだろうこの気持ち…(・∀・)ニヤニヤ
なんかいいねえ、しわわせ!

この小説、ある意味出てるなかで一番すき。なんか安易に転移しまくってどうかなー…とは思うけど。

って、もしかしてベーコンの油にだまされてる!?…そうかもおー。