Congratulations! "TALES OF" series 10th anniversary.
ショート×ショート〜それぞれの10年〜
1:アセリア暦4214年12月15日
2:アセリア暦4314年12月15日
クリスマス後日談
3:アセリア暦4364年12月15日
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1.アセリア暦4214年12月15日
「ご隠居さぁ〜ん、遊びに来たよ〜ん」
鍵のかかっていないドアを押し開けてから扉をコンコンと叩いたところで、ノックの意味をなさないと言うことを教え込まねばならないのか。
耳慣れた高く丸い声の主がすっかり部屋に入ってから、クラースはふぅと息をつき、ゆっくりと振り返る。読んでいた分厚い本は、開いたままでしおりも挟まず机に置いた。
「こぉら、隠居とは誰のことだ」
「なに、ちゃんと答えてるあたりわかってるんじゃないの?」
客人はけたけたと笑うと、もはや本の置き所となっているスツールを部屋の端から引き寄せて、断りもなしに腰かけた。
「おい、本の上に座るな」
「あいあーい」
仕方なしに軽く腰を持ち上げて、敷いていた2、3冊の分厚い本を取り出した。背表紙からして長ったらしく難しそうな単語が並んでおり、タイトルを読む気にもなれないような代物だ。とりあえずそれらを机の上に置くと、きょろきょろとあたりを見回した。
「今日はミラルドさんは?」
「実家」
「!!!!」
「おい、勘違いするな。お前の期待している展開はないぞ」
時空を越えた旅から帰還して、早10年。とは言え、学生時代からの付き合いであるクラースとミラルドにとってはようやくと言った進歩が、この10年の間にあった。
長い付き合いゆえに踏み出せない一歩と言うのは、ある。しかしふたりもようやく結ばれ、子供にも恵まれた。クラースの成し遂げた偉業(と、世間は囃し立てるが、本人は乗り気ではない)のおかげで、魔法学校も盛況である。ミラルドとふたりでの経営ではそろそろ限界か、と話しているくらいで。
昨日からミラルドは、子供を連れて帰省している。ゆっくりして来いと言ったが、それでも今日には帰ってくるだろう。
「一緒に行ってあげればよかったのに」
「やかましい」
余計なお世話だ、とクラース。実際、魔法学校だって休みにしたのだし、ひとり家に残らねばならぬ理由はない。
まぁ、そこは性格上、と言うか。親子水入らずでと言うのを言い訳に、結局のところ逃げに回っただけなのだが。これでは隠居と言われてしまっても反論の余地もないではないか。
まぁ言わずとも、出会って10年目になるこの相手には見透かされてしまっているだろうが。共に旅をしていたときから、その洞察力の鋭さには驚かされたものだ。
そんなことをぼんやり思っていた矢先にまたこんなことを言われてしまうものだから、思わず心まで読まれているのではとどきりとする。
「ひとりじゃお茶も入れられないんだから」
「入れられないんじゃない。入れないんだ」
そう言いつつさきほどまで読書中に、何度もカップの取っ手を取ろうと右手を彷徨わせたことは伏せておいた。
それからしばらくの間、アーチェは飽きもせず、最近できた彼氏の話やら、近所の子供が生意気でむかつくだの、とりとめのない話を延々と続けていた。
クラースは適当な相槌を返すだけだったが、窓から入る陽射しがすっかりオレンジ色に変わる頃にようやく、話に一区切りつけたアーチェが大あくびをした。
「さぁーて、じゃああたしもそろそろ帰ろうかな」
「おお、帰れ帰れ」
視線を本からはずそうともしないクラースにむっとしつつ、スツールを乱暴に端に寄せた。
まぁでもいつも通りだけどねと挨拶も諦めかけて部屋を出て行こうとしたときだった。
「アーチェ」
ピンクのエルフが大きなポニーテールをくるりとさせて振り返った。
「気を付けて帰れよ」
クラースにしては珍しい言動に思わず大きな瞳を瞬かせたが、ふっと笑うと、手をひらひらさせながら部屋をあとにした。
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2.アセリア暦4314年12月15日
「うー、寒ぃ…」
風にあおられ、前に垂れ下がってきたマフラーを首に巻きなおしながら、チェスターは大げさに肩をすくめつぶやいた。
トーティス村は山間部だが、わりに温暖な気候の土地だった。農耕に向いており、秋にはたくさんの収穫があった。しかし今年は例年より、幾分か冬の訪れが早いような気もした。と言うか、急激に寒くなったのだ。夏を見送って、秋の出番を遮って冬がやって来たような、そんな印象だ。
(…まぁ、今年は色々あったからな)
アセリア暦4314年。時空を越えた旅に終止符を打ってから、早10年。時が経つのはあまりにも早い。
時間という時間は、すべて村の再建に費やしてきた。時間はいくらあっても足りなかった。以前のトーティスではなく、新しいトーティスをと考えるあまり、思い悩んだこともあった。
だがようやく今年。新生トーティスとしてひとつ形になったことがあった。村の創立祭である。
トーティスの誕生日は、旅を終えて帰って来たその日、はじまりのその日に決めた。それから毎年ささやかながら、5月21日にはみんなで祝ってきてはいたのだが、今年はとうとう、村をあげての祭りを開催したのだ。
村外からもたくさんの人が訪れてくれて、大盛況であった。まるでかつてのトーティスの収穫祭を思わせるような…。
そこまで考えて、懐かしい笑顔が脳裏をかすめた。忘れたいはずはないけれど、今はなんだか思い出したくない気分だった。思わずこぼれたため息が白く、冬の寒さと寂しさをさらに助長させたようだった。
そうこうしているうちに、目指す家は目の前。
簡素な扉を軽く3度、ノックする。すぐに「はぁい」と言う甘い声が扉の向こうから聞こえてきたと思ったら、暖かな空気とともにドアは開かれた。
「おかえりなさい、チェスターさん」
「おお、悪ぃ。遅くなっちまった」
「いいえ、大丈夫。ちょうどシチューがいい味に仕上がったところなんです」
ミントの言葉に、すっかり冷え切ったチェスターは素直に笑顔を向け、さきほどまでしっかり巻きつけていたマフラーをほどいた。
「お!今日はシチューか。いいねぇー、寒い時にはミントのシチューだな」
「なんだか旅していた頃を思い出しません?」
「あー確かに。宿無しのときはシチューはあったまって良かったよなぁ。最後にはみんなで争奪戦になったりして」
時空を越えた旅は、今やすっかり思い出となってしまった。時々ふとした時に話題に持ち出すことはあれど、それくらいである。大切な仲間との記憶、それはとても大切なものだけれど、今を懸命に生きることで必死だった。
けれど、生きるために思い出すことをしないでいるのなら、それはかつての仲間たちも許してくれるはずだろう。あの仲間たちであれば。
「そう言えばクレスは?」
「ええ、もうそろそろ帰ってくると思うんですけど…」
ミントが壁にかけられた時計を見上げると同時だったろうか。チェスターを迎え入れたばかりのドアが再びノックされた。
噂をすれば、とミントが再び玄関へ舞い戻ると、そこには案の定クレスの姿があった。しかも、満面の笑みで。
チェスターも駆け寄ってきて―――ほとんど結果は見えたようなものだが―――問いかけた。
「どうだった?」
「ああ、とびきりでっかいの。譲ってもらえることになった!」
クレスの弾むような声に、思わず顔を見合わせてチェスターとミントもみるみる笑顔になった。
「やったな!子供たちも喜ぶぞ!」
「ええ。それで、みんなできれいに飾り付けしましょう」
村の財政面から言って、今度の計画は正直厳しいと言うのが3人をはじめとした村の創立に関わってきたメンバーたちの見解だった。ただでさえ今年は村の創立祭にかなり費用をかけてしまった。そのうえさらにイベントごとを増やすとなると…。
しかも一度手をつけてしまえば、2回目以降を考えなければならなくなってしまう。まだまだできたてのトーティスから、未来のことを見通すことはたやすくない。これからどうなるか。まだどうにでもなるからこそ、難しかった。
だが思い切って良かった。村の再建を口にし出してからたびたび感じることだが、多くの人に助けられ支えられてきた。今回も結果、多くの協力を得られたからこそ、の結果だった。
喜びで胸がいっぱいという表情のまま、ふとミントが口にした言葉の本当の意味を、クレスもチェスターもあっという間に理解できたのは、この10年の間、3人が同じ想いでいたからだろう。
「おっきなツリーを、きれいに飾り付けしたら、きっと遠くからでもわかりますよね」
「…ああ、光りモノ好きそうだしな、あいつ」
チェスターさん!とミントの語尾が強まった。もちろん本気などではないとわかっているのだが。
悪戯っぽい笑顔を向けるチェスターを見て、クレスも笑った。ここにもうひとりが加われば、これよりももっと楽しかったろう。
さきほど振り払いたかったなつかしい笑顔も、今ならば素直に抱きしめてやれるとチェスターは思った。
「楽しいことが大好きな人ですから、ね」
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2+α.クリスマス後日談
てっぺんには空から落ちてきたかのような大きな星がひとつ。
この日ばかりは、子供も大人も関係なく、なんだか心が躍ってしまう。
トーティス村の中心に位置する広場に、大きなツリーが建てられた。クレスがあちこち駆け回って、ようやく買い付けに成功したもみの木。大々的におまつりはできないかもしれないけれど、それでもみんなが村の大きなツリーを眺めて、クリスマスに家族でテーブルを囲んで語らう話のきっかけになればと思った。
そしてきらきらした飾りは、大人たちの手伝いのもと、村中の子供たちがみんなで飾り付けた。
のだが。
「…さみしい、ですね」
「…うん」
自分たちの背丈の倍以上もあるそのツリーを見上げて、クレスとミントは思わずつぶやいた。
自分たちの背丈の倍以上もあるそのツリーが飾り付けられていたのは、下半分だけだったのだ。
村の再建の時に利用していた背の高いはしごは、しばらく使わない間に薪に変わっていたのだ。
いつ使うとも知れないはしごより、今すぐ得られる暖を取ってしまった誰かの気持ちは、山間部特有の寒さを毎年体験している身にはわからなくもない、けれども。
「新しいはしごが出来上がるまでに、クリスマスが来ちゃいそうだね…」
トーティスの南には精霊の森があるが、今や政令保護区となってしまったそこは、間引きのために木を1本切り倒すのにも七面倒臭い手続きが必要なのだ。思わずクレスからため息がこぼれる。ユグドラシルが大切にされることはとても、とても嬉しいことなのだけれど。
しかし近隣の村にはすでに聞きまわったが、この木に足りるようなはしごは所有していないと言う。
「はりきりすぎた、かなぁ…」
「いいえ、そんなことは!」
こんなに大きい木を選んでこなければ、と言いたげなクレスを振り返り、ミントは懸命に首を横に振った。確かに飾りつけは万全でなくとも、それでも派手な娯楽のないトーティス村に突然やってきた大きなもみの木は、子供たちを興奮させるのに充分だったのだから。
「…ありがとう」
「もうちょっと早く気付いてれば、ユークリッドまで行けたけどな」
「チェスターさん」
いつのまにかクレスの脇までやって来ていたチェスターがうなった。
揃いも揃ってまぬけであった。顔を見合わせ苦笑い。村中の誰もがツリーに夢中で気がつかなかったなんて。
「ちょっと、なーにこれ、だらしないなぁ」
久しぶりに聴く声―――だけれど一度だって決して忘れたことはなかった、高くて丸い声。
振り返らずともわかったけれど、3人は一斉に振り返った。そして、想い描いた通りの姿が空浮かんでいるのを確認した。
ミントは息を呑んで横にいたクレスの腕をそっと掴んだし、チェスターも駆け寄りたい衝動をこらえるのに必死だったろうなと、後になってクレスは思った。互いの顔を確認したわけではないけれど、街がいなく喜びで満ちていたろうと。
「てっぺんに星がなきゃツリーじゃないでしょ!」
ばっちりと大きな瞳でウインクをかまし、急降下してきた。そして足取り軽やかにほうきから飛び降りると、どこに隠していたのか真っ赤な生地に白いファーがあしらわれた帽子を取り出して頭に載せるように軽くかぶせた。
「メリークリスマス!ほらほら村中のお子さんたち集めてちょーだいっ。サンタさんがツリーをきれいに飾り付けてあげちゃうんだから!」
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3.アセリア暦4364年12月15日
村で咲いた花を摘んで束ねたささやかな花束をそっと手向け、手を合わせた。
この墓が建てられてから、約10年。しかしその墓石は、まるでもう何十年もそこにあるかのように、すっかり苔むしていた。なんだかとても立派である。しかし石がなじむのは、たった3年程度の月日なのだと言う。
きっと自分もそうなのだろう。10年。そうつぶやくとまるで長い時間のようだが、忙しくしている間にめまぐるしく時は過ぎて行った。あっという間に、そしていつのまにか、新しい生活になじんでしまったようだ。
両親は、祖先と同じ墓には入れなかった。里の人間からは、藤林銅蔵とおきよを責める声は聞こえなかったのだが、しかし皆すべてがと言うわけではなかった。決して耳に入らぬ場所で、ダオスに操られたふたりを糾弾する声は少なからず、あった。それが現実だった。
そしてその声を否定する権利はなかった。先代の頭領・藤林乱蔵は祖先の墓へ入れるよう促したが、この場所を決めたのはすず自身であった。影でいつまでも悲しい非難の声を囁かれるよりは、すべてが届かぬ場所でひっそりと眠っていて欲しかった。せめて幸せに眠り続けていられるように。
ここは、思い出の場所。幼い頃、厳しい修練の間を縫って、家族3人で訪れた、里の者も知りえぬ秘密の場所。トレントの森の奥地に位置する里から、さらに深く入り込んだ森の中に、少しばかり開けた場所がある。そこに太い丸太が椅子のように3つ、あつらえられている。確か両親が若かったころ頃、忍んでふたりでここへやって来たのだと言っていた。3つ目の小さな丸太は、すずが生まれてから用意された。
時空を越える旅を終えてからと言うもの、非情でなければならないと言う忍の掟は、たびたび守れなくなってしまった。そのたびにすずは、ひとりここへやって来た。思い出を抱きしめるように膝を抱えて、大声で泣いたこともあった。
藤林すずは、今年で21歳になった。手を合わせるのを終え、幼い頃の指定席に腰かけた。ここからよく見える場所に、墓石を建てたのも自分だ。まるでかつてと同じように、自分と向かい合って両親が仲良く隣り合って座っているように。
「おとうさん、おかあさん」
祈るようにまぶたを下ろした。静かだった。聞こえてくるのは木々のさざめき、動物たちの声。
深く息を一つ、ついた。再び目を開いてそれからきびきびと立ち上がると、そこには伊賀栗の里の頭領の顔があった。
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