思えば、あの日がいわゆるバレンタインデーだと気づいたのは、翌日チェスターと顔をあわせたときだった。

「よー、今日はいったいどんなのろけ話を聞かせてくれんだ?」
「は? 何の話だよ」
「おいおいとぼけるなよ」

 あまりにも反応のないクレスに対して、チェスターはますますどんなにおいしいチョコレートをもらったんだよと追撃をはじめる。

「チョコレート…ああ、そうか、14日…」

クレスの様子に、まさかとチェスターも笑顔を引っ込めて聞き直す。

「なに?もしかしてもらってない?」
「…いや、」

 今、思えばだ。
 自分の好物ばかりの夕飯のメニューに加え、食後の紅茶。そのお茶請けにはおいしいチョコレート。

「…もしかして気づかせないようにしてた、のかな」
 思い出しながらクレスが思い至った考えはそれだった。

「さぁな。それよりそのあとはどうしたんだよ」
「いやいやいやいや」

 そこはプライベートですから、とばかりにチェスターの追究をさらっと交わし、改めて夕べのことを思い返す。
 …思わず顔が熱くなってくるようだ。あまりにも唐突に思われたあの「すき」も、唐突でもなんでもなかったのだ。おそらくは自分の留守中に用意をしておいてくれたであろう、ひとくち大のチョコレートを口にしながら。

 鈍いというかなんと言うか。自分の能天気に思わずため息が漏れた、それが2月15日のはなし。


 そして今日はそれからひと月後のホワイトデー。
 いわゆるお返しの日である。

 そう言えばいつだったか、ホワイトデーに贈るものによって、意味合いが変わってくると言うような話を聞いたことがある。
 本命にはキャンディー、お友達ならクッキー。マシュマロならやんわりとごめんなさい、だったろうか?もちろんそんなお返しごときで崩れるようなヤワな関係ではないと言う自負はあったのだが、気にならないといったら嘘になるので、なんとなく選んだのはキャンディー。

 とは言え、結局のところ肝心なのは、気持ち。その一点である。
 少なくとも、クレスとミントの間では。

 

「ただいま」
「お帰りなさい。ちょうど今夕食の準備が終わったところなんです」
「ほんと?いいタイミングで帰ってこれたなぁ」

 はにかむクレスを見てつられるように笑顔になるミント。
 こういう日常のひとときにこそ幸せを感じるのだ、と、この笑顔を見ているとそんなことを考えてしまう。

「あ、そうだ」

 ミント、と名前を呼びながらごそごそと今日持ち歩いていたカバンをあさる。そして何事かと不思議そうに見つめているミントの前に、キャンディ型にラッピングされたそれを差し出した。
 まだ不思議そうな表情のままのミントに受け取らせると、開けてみてと促す。

 言われたままにミントがきれいな包装を丁寧にほどいていくと、出てきたのはちいさなビン。そしてその中には、パステルカラーの丸いキャンディーがぎっしりと詰まっていた。

「キャンディー、ですか?」
「うん。僕の気持ち」

 その言葉でなんとなくミントも察したのか、小さく頷いて見せた。ほんのり頬を染めているようにも見えるのは気のせいではないだろう。
 
「ありがとうございます、クレスさん」

 改めて大事そうにそのビンを手で包み込むようにしながら、改めてミントがお礼の言葉を告げた。
 なんだか照れくさくなったクレスは、慌てて上着を脱ぐと取り繕うように言った。

「お、おなかすいちゃったな」
「ふふ、ではあたたかいうちに食事にしましょう」

 すぐに食べられますからと言いながらキッチンへ向かうミントの背中を見つめながら、ひとつき前のことをぼんやりと思い出した。

 肝心なのは、気持ち。



「ミント」

 はい、と振り返るとほぼ同時くらいだったろうか。


「ありがとう」


 その言葉をどう捉えるべきかと不思議そうに見つめてくるミントに、クレスはいっそう深い笑みをたたえて。

「ううん、ただ言いたくなっただけ」



(050314)
なんだか最近どんどんオリジナル色が強まっていっている、よう、な。

と言うか本命にはキャンディー、友達ならクッキー…って、昔よく聞いたんですけど最近さっぱりですね。何がどれだか忘れてしまったので調べようと思ってたらどこも引っかからず。

それどころかホワイトデーの歴史について学んでしまって、よりわけがわからなくなってしまったわけです。はじまりはマシュマロ。女性の気持ち(=チョコ)をやさしく包み込むと言う意味でマシュマロ、だったらしい。うーん、でもマシュマロはあんまりいい意味じゃなみたいなこと聞いたような気がするんだよなぁ…。


http://www.candy.or.jp/whiteday/