「おはようご…、く、クレスさんっ!何をしているんですか!」

 ミントがクレスを任されてから、2日目のこと。
 いつものように笑顔で病室に入ったはいいのだが、しかしその笑顔は一瞬で崩れることとなった。

「ああ、おはようございます」
「おはようじゃありませんっ!おとなしく寝ていてください!」

 ミントが驚愕した理由は、他でもない担当患者のクレスである。
 右足首複雑骨折、全治6ヶ月という診断を下された彼に最も必要なのは、“じっとしている”ことである。

 しかし当のクレスはわかっているのかいないのか、ベッドの上で腕立て伏せに勤しんでいるではないか!

「大丈夫。使ってる足は左だけだから」

 駆け寄ったミントに、クレスは悪びれもなくそう言ってのける。確かにギプスで固定された右足首は吊られたままなのだが、そういう問題ではない。

「クレスさん!」

 なおも腕立てを続けようとするクレスに詰め寄る。

 ミントとしては精一杯のにらみを効かせたつもりなのだが、しかし意図した効果はクレスに働かなかった。
 確かに声は普段よりは荒げていたが、やわらかなソプラノに変わりはないし、眉を寄せ、怒るというよりは困ったような表情は、なんとも…。

(か、わいい…)

 クレスは思わずぽうっと見とれてしまうのだった。

「お願いです。無茶は、しないでください」
「ご、ごめんなさい…」

 これ以上怒らせるのは得策でないと、クレスもおとなしく腕立て伏せを中断した。
 ミントに手伝ってもらいながら、あおむけの体勢に戻った。

「ここで無茶をして、取り返しのつかないことになったらどうするんですか」
「う、うん、でも…。毎日トレーニングしてたから、1日でも休むと不安で…」

 苦笑いするクレスを見ていると、ミントもきつく言えなくなる。
 掛け布団を直しながら、ぽつりとつぶやくように切り出した。

「お母様が、おっしゃっていました。きっと無理をするだろうから、よく注意してくださいと」
「か、母さん…」
「まさか2日目からこんなことをされるとは思いませんでした。…お母様に心配ばかりかけちゃだめですよ。とにかく今はゆっくりと休んで、一日も早く退院してくださいね」

(退院…)

 なぜだかその言葉は、クレスに死刑宣告をするようだった。
 いつかは退院する。そんなことわかりきっているはずなのに。一刻も早くここを出て、再び剣術の修行をしたいという気持ちは本物なのに。

 困ったようにこちらを見て微笑を浮かべるミントを見ていると、不思議な気持ちになる。

「クレスさん?」

 なかなか返答のないクレスを疑問に思ったのか、首をかしげながら見つめてくるミントに、クレスはやっぱり困ったような笑顔を返すしかできなかった。
(060824)