ふん、ふん、ふん



 隣、と言うにはやや離れて半歩先を歩く少女は、どうやら機嫌がいいらしい。さきほどから聴こえてくる微妙な鼻歌は途切れることがない。
 今日は出会ってから、会話らしい会話は特になかった。おう、よう、だなんて気軽な挨拶を交わして、なんとなく日の傾く町を、並んで歩いている。土方は一応巡回の途中であったが、今日はなんとなく、少女を追いやる言葉は見つけられないでいた。それどころかなんとなく自分まで機嫌が良くなってしまっているのだからタチが悪い。

 ふんふん、と相変わらずメロディーを奏でる少女は、いつもの番傘は持っておらず、両手をぷらぷらと遊ばせている。
 手を伸ばせば簡単につかまえられるし、おそらくその小さな手を握り締めたところで、激しく拒絶されることはないであろうことはぼんやりわかっている、のだけれど、土方はそれをしなかった。

 このところ、この万事屋のチャイナ娘と急激に接近した。必ずしも好意的なものばかりでなかったにせよ、いろいろな出来事からお互いを知り合い、そして…興味を持った、ように思う。
 ことあるごとに絡まれ、時折はこちらから気まぐれに近寄ってみては絡まれ、たかられ…。まったくどこにほだされてしまったのか疑ってしまうほどに、こちらにとってのプラスに傾く事象があったのかどうか、だがしかし姿を見かけては気がつけば近寄っているだけの対象に、いつの間にかなってしまっていたのだ。土方にとって、その少女が。

 恋愛?そんな言葉はあまりにピンと来なかった。そもそも果たして今少女を見つめる自分の視線に愛だの恋だのが含まれているかと問われれば、それはまったく違うような気がした。どちらかといえば危なっかしくて目を離せないだとか、そんな保護者的な意味合いが色濃いだろう。
 ただ本当にただの保護者としてしか見守る目がないかと言えば、それは嘘になるのだけれど。実際何度か手を伸ばしたい衝動に駆られているわけで…。

 それでも手を握らないでいるのは歳の差がどうとか、そういった世間体ばかりかと言われたら…。
 …少しばかり違ったような気もしている。


「そろそろお腹もすいたアル」

 隣を歩く少女が足を止めた。義理はないのだが土方もそれに習う。
 万事屋へ行くにはこの道を曲がる。ぼんやりとした別れの切り出し方だった。

「おー帰れ帰れ。万事屋のメガネがメシのしたくでもしてるだろーよ」
「はー、まぁったく多串くんは学習しないアルな。すてきなレディにディナーをご馳走させてくれくらい言えないアルか」
「ガキの帰りが遅くなれば心配するだろうよ」

 少し乱暴に頭を撫でてやれば、不服そうにしながらもどこかうれしそうに頬を緩ませるのも、今では見慣れた光景だった。

「…まぁ、今日は肉入りカレーらしいからナ、食いっぱぐれるのもシャクだから帰るヨ」
「今度昼飯くらいには付き合ってやってもいいぞ」
「多串くんのわりには気が利いたせりふアルな!」

 じゃあナ!と大きく手を振りながら、でも顔は振り返りもせずに駆け出してしまう。
 そんなかわいくない小さな背中を見送ることが、ささやかなささやかな土方の幸せなのだった。
(20081120up)