いたって平和な市内の巡回に飽き、休憩でもしようかと、しばしば寄ることのある公園に進路を変更した。胸ポケットにしまっていた箱から煙草を1本取り出しながら、なんとなくいつもと同じベンチに足を向ける。
しかしあいにくベンチには先客。それも最近見慣れた珊瑚朱色の頭。日差しを避けるためにさした大きな番傘のおかげで顔までは見えないが、おそらくまだこちらには気づいていない。見つかったら変に絡まれるかもしれない。厄介だな、引き返そうか。そう口の中でつぶやき、実際踵を返しかけたところで。
「神楽!」
気迫のこもった声に、名を呼ばれたのは自分ではないのに、ついつい反応してしまった。
そして条件反射で、その声の主を探す。
子供だった。少々丸みを帯びながらもがっちりとした体格の、いかにも悪ガキ、それもガキ大将と言った風貌である。
まるで白昼の決闘でも行われるのかと言ったような呼びかけではあったが、そうでないことは顔を見てひとめでわかった。なぜだろう、子供でもいっちょまえに、この感じは大人とそう変わらない。
「なんネ」
呼びかけとは反対にひどく落ち着いた声でそれに応じる。
番傘を少し上げた少女は、くちゃくちゃと酢昆布を噛んで、ちらりとその少年を見やった。涼しい顔で。
「きょ、今日は、あのデケー犬は一緒じゃないのか」
「定春アルか。当分昼寝が終わりそうにないから置いてきたアル。なんだお前、そんなに噛まれたかったのか」
そんなばかな。あの巨大犬に噛まれたら命の危機だ。じゃなくて。
ああやっぱりガキだな。当たり障りのない話題で地ならしをしていこうとするその気持ちにも気づけないのか!
「じゃ、じゃあ、ひとり、か」
「…悪いかヨ。なんだお前ケンカ売ってんのカ? あぁ!?」
ばかやろう、状況確認だ。一世一代の勇気(たぶん)を振り絞るのにふさわしいか否かを見極めるんだろーが。こんなの他人に見られて楽しいもんでもなければ、邪魔が入ってグダグダになるのも避けたいところだ。
てか年頃の娘がメンチ切ってんじゃねーよ。あほか。
「いや、俺な…、実は前からおまえに言いたいことがあって…」
それまで覚悟の証とでも言うように、負けじと前を向けていた目が少し、うつむく。心なしか少しほほを染めているようにも見える。
しかし思い立ったようにすぐにまた顔を上げ、真っ直ぐに少女を見つけた。
おお、青い。そして若い(いや実際ガキだけども)。
「何アルか、さっさと言うヨロシ。こちとら遊興に付き合ってるヒマはないネ」
白昼ベンチで酢昆布を齧る娘の忙しさが見出せない。
「いや…あの、俺な。おまえが…、おまえのことが、」
「何ヨ」
「す、」
「す?」
「す…」
す。
結局2文字目を発することなく、ガキ大将は逃げるようにその場を去ってしまった。
(…おお、)
なんともたわいのない、微笑ましい光景である。
箱から出した煙草を、しかしくわえるのをわすれて、土方は不覚にもぼうっと見つめてしまっていた。
「そこで何見てるネ、エロ警官」
しまった、完全に公園を出るタイミングを見失っていた。それどころかしっかりと一部始終を見届けてしまっていた。
いつの間にかこちらに近づき、じいと見上げてくる視線にちくりとした痛みを感じながら、それでもなんとか平静を装う。
いや、そもそも平静のはずである。なぜ装う必要が。
「おまわりが覗きとは世も末アルな」
「のぞいてたわけじゃねえ、たまたま俺の進路でコトが繰り広げられてただけだろ」
改めて煙草をくわえた。愛用のライターを探る。いつもはポケットに手を入れればすぐに掴めるのに、なぜだかうまくいかない。
「…つーかお前、わかってたのか?」
仮にも年頃の少女だ。あんなシチュエーションで告げられる言葉など、決まりきっている。
しかしそういった雰囲気を汲まない態度を取り続けていた。よっぽどの鈍感か、本当にわかっていなかったか。
「バカにするなヨ。男に華を持たせてやろうと思ったアル。…腰抜けが、逃げやがったがな」
「おっそろしー女…」
チ、と舌打ちまでする少女に心からそうつぶやいて、改めて視線を落とした。相変わらず酢昆布を齧り、可愛げのない顔をしているのだと思っていた。だが、実際は違った。
咥えていた煙草を落としそうになるほど驚いた。女の顔をしていた。頬を染めて、…なんだろう、これは、照れとも恥じらいとも少し違って、まるで相手の緊張がうつったかのように、恋をする女の、顔。
指先がようやくライターに触れた。なのになぜだか、煙草を吸う気がすっかり失せていた。
少し動揺したなんてことは、絶対に言えない。
(061222)
密かによっちゃん→神楽のセンはあるんじゃないかなぁと踏んでるんですけどどうでしょうか。うっかり名前呼ばせちゃいましたが確か呼んでました…よね?
塚告白ってどうすんの(w いいの、ねぇいいのこれ。往年のこどもマンガのイメージなんだが昨今の子供ってどうなの!