銀魂学園には、沿道沿いに並ぶように桜が植えられており、季節になればそれはそれはなかなかの光景を見せてくれる。
 毎年毎日のものだからそう物珍しさは無いにせよ、やはりそれらが満開になった姿、あるいははらりはらりと花びらを散らしてゆく姿はなかなかに美しく、目を奪われる。

 だがそんな桜並木とは外れた場所に1本だけ、ひときわ大きな桜の木が植えられている。
 さすがに時期ともなればどうしたって目立つもので、ひっそりとというわけにはいかないのだが、それでもやはり穴場的な場所であることに間違いはなく、普段授業をサボるときには屋上を利用していた土方も、見頃の時季にはその桜の木のたもとで昼寝を決め込むことが多かった。


 一眠りして、自分のペースで目覚めて、まぶたを上げたときに見せる桜色の世界。その瞬間が好きで。

(…ん?)

 いつもの調子でまぶたを上げたところで、今日は様子が違った。

 満開の桜、その木の枝に…、

「お、い!」


 頼りにならなそうな細さの枝にまたがるひとりの女子生徒の姿。
 思わず慌てて大声を出したのがまずかった。その声に慌てた少女がバランスを崩して落下してきた!

 ああくそ、呟きながら反射神経で体を起こし、落下地点に体を滑り込ませる。
 相手は小柄な体格だったが高さがあったためにかなりの衝撃だった。かろうじて胸で受け止め、跳ね返りそうになるのをがっちりと強く腕を回して抱きとめた。

「…、おい」

 どきどきと速い鼓動の音。胸が上下する。
 少女も恐怖のためか口を開かず、土方の胸に強く顔を押し付けたまま。

 ため息混じりに見下ろすと、特徴的な髪色が見て取れた。
 こんな色、普段なら絶対見逃すはずもないのに、今の今まで気がつかなかった。

「…留学生?」

 その言葉に、ようやくその女子生徒が顔を上げて、土方と視線を合わせる。

「…おーぐしくん…」
「おまえバカか、何やってたんだあんなところで。危ねーだろ!」

 普段勝気なイメージの彼女だったら、それでいくらでも反発して言い返しもしただろう。
 だが。

「…間違えた。大丈夫か?」

 じい、と弱気に見つめてていたその目が、それがスイッチであったかのように、ゆらゆらとゆるむ。

「…こ、わかったヨ~!!」

 泣き出すまでは行かないが、再び土方の胸に顔をこすり付けてわめく神楽を、よしよしとなだめつける。
 まるで手のかかる妹でももったようだ、と頭を撫でながら土方は嘆息した。

「…で? 何してたんだよ。いい年こいて木登りか?」
「おうヨ! 満開の桜をひとりじめアル」
「極端なことすんな…」

 まぁ自分も似たような境遇なのだから気持ちはわからないでもない、が。

「年頃の娘がパンツさらして木登りとはいただけねーぞ」
「うおっ!? オマエ、見たアルか!? 乙女の恥部を見たアルか!?」
「見たくて見たんじゃねー。見せられたコッチの身にもなりやがれ」

 うおお~と逆上してぽんぽんと胸にこぶしを叩きつけられるが、まるで痛みはない。きっとそこまでの怒りは込められていなかったはずだ。大体こちらもそれどころではなかったし。
 だがいつまでも馬乗りになられているのも(誰かに見られては)具合が悪い。
 
「つーかオマエそろそろどけ。重い」
「乙女に失礼なこと言うアルな!」

 むっとしながらも体をどけようと、神楽が片手に重心を置いて体を支える。
 が、ふと、土方を見下ろして、 

「…トシ」
「なんだよ」
「ありがとナ」

 言い切って最後ににぃっと唇の端を上げると、飛び跳ねるように土方の身体から離れてゆく。
 あっけに取られたまま、駆け出した神楽の後姿を見送ったところで、ようやく抱えていた重みがなくなったことに気がついた。


 もう一度寝直そうと自分の腕を枕に桜の木を見上げたとき、ふと、クラスの女生徒が雑談していたことを思い出す。

『学校の桜の木の下で、男子と女子がいっしょに木を見上げると、恋が叶うらしいよ!』

 それは、他愛もないジンクス。どうせ、たまたまうまくいったカップルあたりが吹聴したに違いなかった。
 実際そのときも、くだらねえと記憶から打ち消したはず、なのに。

(…え、まさか)

 この胸の妙な鼓動の速さを、土方は説明できずにいた。
(20140315up)