「先生、こうやってごはん作りに来るの、今日で最後にするね」
はじまりはなんとなく、終わりはまた突然であった。
「…どうして?」
マヌケな声で思わず聞き返してしまったが、サクラの言葉は至極もっともなことである。
なにせ今のこの状態こそが異常なのだ。それを諭そうと試みたこともある。
徒労に終わったが。
「明日になればわかるわ」
「んなもったいぶらなくても。彼氏できたんだ?」
「…先生って」
言いかけて、箸を加えたままじい、とカカシを見つめる。
下忍の担当として出会って12年。生まれてからの年月の半分を、共に過ごしている。
出会う前のことはともかく、いまのカカシのことならば、仕草ひとつであれこれ見当をつけられるほどに、サクラは理解しているつもりだというのに。
はあ、と意味ありげにため息をついて、また茶碗から白米を口に運ぶ。
「ちょっと、言いかけてやめないでちょーだい」
「いいの。ちょっと失望しただけ。いろんな意味で」
我ながら、若い時分からずいぶんと苦労を背負い込んだものだ…と感嘆する。
それでも、どこかで違うと思えば、道を変えることもできたはずだ。すべて自分しだいで。
でも、しなかった。できなかった。
相変わらず鍵も預かっていないし、毎日きちんと顔を合わせているわけでもないが、それでも圧倒的な時間を共にしてきた。
恋人ではない。でも、こんな小娘が、名の知れた上忍宅に頻繁に出入りしていれば、変な噂もたつ。だが聞こえないふりをし続けた。牽制のつもりで。
家にいない間のカカシの生活はまったく知らないが、少なくとも、はっきりと恋人と呼べるような関係の女性がいなかったことは確かだ。一晩限りの情事の相手が何人いたかは知らないが。
そういう意味では、少しばかり傷心になったこともあるけれど、いつからか麻痺した。
だがそれも最近は、あまりなかったように思う。それとも大人になった自分に、気付かせぬよう善処していたのだろうか。
やはり、甘いのだ。この男は。どこまでも、自分に対しては。
「なんか、長年連れ添ってちょっとやそっとのことじゃ動じない夫婦みたいよね」
わたしたちって。
ぶふっ、とワンテンポ遅れてカカシが茶を噴出した。
汚いわねー、とふきんを差し出すと、素直に受け取ってテーブルを拭く。
ほら、なんの違和感もなく。
「…おまえはどうだか知らないけど、俺はおまえのひとことひとことで結構動揺してるけど」
いまみたいに。
少し、面食らった。カカシのほうから、サクラを意識しているようなそぶりは、これまで一度も見られなかっただけに。
それに甘えて、なにも知らない子供のふりをして、無邪気にそばに居座り続けていたのに、まったく気がつかなかった。
「おまえね、俺のことちょっと見くびってるみたいだけど、一応これでも人生経験豊富な上忍で、男だからね、」
ふきんの汚れた面を内側に折りたたみながら、感情を読みづらい表情を浮かべて。
なにを、どこまで。
知りたいようで、でもこわかったから、追求はしない。
もしかしたら振り回しているつもりで、振り回されているだけだったのかも。
男だから。
そう思わせるだけの力が、そのひとことにはあった。
「…先生、わたしに彼氏ができたら、どう思う?」
その、人生経験豊富な男が、急に明日から来ないと告げられたことに対して、どう思ったのか。
単純に、知りたかった。
どれほど振り回せていたのか、あるいは、それこそ徒労に過ぎなかったのか。
「…少し、さみしいかな。ほっとするかもしれないけど。たぶん、さみしい」
膝の上で、きゅ、と握りこぶしをつくる。
その言葉だけで、じゅうぶんだ。
確証もないのに、それを嘘の言葉とはまったく思わなかった。
「カカシ先生、わたし明日誕生日なんだ。24歳の」
(20140226/2006年サルベージ)