「ねーサクラ」
「なーに」
テーブルにはごはんに味噌汁、焼き魚に筑前煮、そしてきゅうりの糠付け。
とてもバランスのよい食卓。
向かい合う男女。
「…いいの?」
「…何がよ」
いただきます、と両手を合わせたサクラにならい、カカシもそれに続く。
すっかりと日常化した光景。
いつごろからだったか、また写輪眼使用過多による疲労のため身動きの取れないカカシを見舞ったときから、なんとなくサクラが食事の世話をするようになっていた。
お互い仕事もあるし、毎日ではない。強要も、お願いをしたわけでもない。ただなんとなく、習慣化してしまっていた。
とりあえず空腹だということもあり、味噌汁をすする。うまい。
最初に比べたら、サクラの料理の腕は格段に上がっている。
レパートリーも増えたし、手際も良くなったし…と感慨にふけっていると、もう一度なにが?と問われる。
「あー…、だからね、こういうの?」
なんと伝えればいいものか、と漠然とカカシが食卓を指す。
聡いサクラは、それでも理解したようで。
「迷惑?」
「いや? 助かってる」
疲れて帰れば食事の支度ができているのは、迷惑かどうかと聞かれれば、便利である。
嬉しいやありがたいというより、便利。それが素直な感想だった。
「じゃあいいじゃない」
「うーん…」
いや、そういう話がしたいわけではなかったのだ。
年頃の娘が、男やもめの自宅へ通うのは、そしてその頻度が、問題なのでは…、
と、ふと、今日の食卓を眺めながら、今更ながらにカカシは気がついたのだ。
「じゃなくてね」
「なーに」
「…いいの? こんなことしてて」
咀嚼にいそしんでいたサクラが、ゆっくりと顔を上げる。
「…は?」
「いや、だからね、俺なんかに構ってて、いいの?」
「…なんで?」
「いや、だからね、俺なんかに構ってたら、できるもんもできないとゆーか」
ぴたり、とサクラが動きを止め、ゆっくりと箸を置く。
本当に聡い子だ。言葉足らずでも、察してくれる。
「先生、わたしに彼氏作ってほしいの?」
「いや、作ってほしいとかそういうわけでもないけど…」
そのまた逆もしかり。カカシが恋人を作る、という可能性。
だがそれは、思い浮かべただけでサクラは続けなかった。話題に上らせたくなかったというのが本音。
なにより本当にそうなれば、カカシはきっとはっきりと告げるはずだろう。そのときは、きっぱりとやめる覚悟はあった。とりあえず今は。
中途半端に、「助かる」とか言ってしまうカカシが悪い、というのがサクラの結論。
なにより、鍵も預かってはいない。その程度の仲なのだ。
カカシが不在なら諦めて帰るし、自分の都合がつかなければ来ない。その程度。
だからこそ、気にしないで欲しいというのに。
「…でもさぁ、俺んち来て毎晩のよーに夕飯作ってるより、そこらへんでそれなりの男の子つかまえて遊ぶほうが効率よくない?」
「…ちょっと先生、わたしたちの仲でしょ。迷惑なら迷惑って言ってくれればいいのに」
「いや、だから迷惑なんかじゃないって。でもね、ここでこんなことしてて、サクラの輝ける未来を奪ってしまうのではとね」
厄介払い、したいのだろうか。
助かる、というのはきっと本心だ。でも、迷惑だなんて、思っていてもカカシが言えるはずはない。
師弟関係を盾にして、好意を包み隠したこの行為に、ほんの少しだけ、気がとがめる。
それでも、一方的に振りほどかれるのは非常に腹立たしかったから。
「…先生が責任持つとかは言えないの?」
「え?」
ささやかな反撃。なにせ、最初に切り出したのはカカシなのだ。
まぬけな声で聞き返すこの男は、覚えていないだろうけれど。絶対に。
「…なんでもないわ。わたし、明日も来るから」
再び箸をとり、食事を再開する。今日の煮物は会心の出来なのだ。
こうしてこの向かい合う男のためにする料理が、どんどん上達していくことに対して、悦びを覚えるのはサクラのひとりよがり。わかっている。
それでも、良かった。つなぎとめる何かがあれば。
「…そ、ありがとう」
諦めたようにつぶやいた声の主が、困ったような顔をしていたとしても。
(20140126/2006年サルベージ)