サクラの鉄壁のガードにより、ふつうには気軽に入ることを許されないこの病室にやすやすと入ってこられるのは、それはひとえに彼女が里の長である火影であるからに他ならなかった。

「天地橋には、やはり7班に行かせることにした」
「そうですか」
「罠かもしれないと言ったが、それなら戦うだけだと突っぱねられたよ」

 苦笑する綱手はそれがどちらを指すのか言わなかったが、どちらもが同じように思っているに違いなかった。

 サソリと対峙したサクラから、大蛇丸の部下との密会の件は先に聞いていた。
 なんにせよ体が言うことを聞かない自分には、その任務に出番がないだろうことはわかってはいたのだが。

 いよいよ、だ。
 躍起になって求めていたものに、手が届くかもしれない。

 結果がどうあれ、仲間であるふたりの力になれないことが、あまりにも歯がゆかった。


「心配するな。おまえがいなくても、あいつらならうまくやるさ。…いや、あいつらだから、きっとうまくやれる」
「…ええ」

 裏を返せば、だからこそわき目を振らなくなるのではと、恐ろしかった。









「先生!」

 綱手が去ってからわずかばかり経った後、半身を起こして愛読書を開いていると、駆けてくる足音とほぼ同時くらいに、この階ひとおおりに声を響かせるのではというくらいのボリュームで呼びかけられる。耳障りの良い、よく通ったソプラノ。
 忍びであるなら音を立てて走るのは…などという小言も言う暇も与えられぬほどの勢いで、サクラは一方的にまくし立てる。

「これから出立なの!」
「知ってるよ」

 前もって聞かされてもいたし、少し大きめの荷物を背負った装いからもそれは見て取れた。
 急いでやってきたということは、時間のない中をわざわざやってきてくれたのだろう。そう思うと、胸が熱くなる。

「簡単には済まなそうだけど、心配しないでおとなしく待ってるのよ。先生は今はゆっくり休むこと!」
「はいはい」
「先生のシモのお世話も、今回は今日までだわ」
「…別にシモばっかりじゃないじゃない…」

 しくしくしく…とまるで乙女のように両手で顔を覆ってみせた。
 本当なら他人の心配などする余裕もないだろうに。

 ばかねと呆れたように言うサクラの表情は、それでも優しい。

「ごめんな。先生、力になれなくて」
「だいじょーぶ。先生が自分でお手洗い行けるまで回復したの見届けられたし。だけど担当の座は今回は別のひとに譲ったけど、素顔はダメよ!」
「…はいはい」

 油断して、思わず弱気な言葉をもらしてしまったことにはっとしたが、サクラにはまったくそれを気にした様子はなく、それどころかこちらの心配までされてしまった。

(情けないねぇー)

 思わず頬をかきつつ、頼もしすぎる元部下を誇らしげに見つめた。
 情けない自分の現状を思えば、飄々とした様を気取ることこそが、サクラをすんなり見送る唯一の方法だった。

「あーあ、サクラにはあますとこなく知られちゃってさぁ。もうどこにもオムコに行けなくなっちゃったよ…」
「あら。先生ってばまだそんな夢見てたの? そんなのハナからむりに決まってるじゃない」
「なにをー! こうなったら責任取ってもらって、サクラちゃんのお婿さんになろうかしら」
「ちょっと先生。かわいいサクラちゃんの未来をつぶす気?」
「(ひど…)」

 もちろん本気ではなかったのだが、だからこそ怒鳴って返してくるのではなく、淡々とした口調と冷たいまなざしには、少なからずショックを受けた。

「そんな、そこまで言わなくたって…」
「まぁ、10年経ってもあたしが独りだったら考えてあげてもいいけど」
「…オレは無条件にひとりなわけね」

 優しいようなそうでないような言葉に再び肩を落とすと、サクラはけたけたと笑いながら、カカシの肩をポンポンと叩く。

「とにかく、そんなばかなこと言ってないで。あたしが帰ってくるまでにちゃんと退院しててよ? すーぐ倒れるようなヤワな夫なんてごめんだからね!」


「…え?」


 病室を後にしながら言い放された捨て台詞の意味をすぐには理解できず。
 思考が働くまでには、サクラの背中を見送ってから、なおしばらくの時間が必要だった。











「そういえば」

 サクラは思い出したように、隣を歩くナルトに声を掛けた。

「ねぇナルト、昔あんたたちと一緒に、カカシ先生の素顔を見るのに躍起になったことがあったわよね」
「ああ、そんなこともあったような…。結局どんな手使ってもバレちゃってさ〜。またいつかリベンジするってばよ!」

 ナルトがかつての記憶を辿っていると、サクラが肩を震わせているのに気付いた。
 訝しげに見つめるが、サクラはくつくつと笑うばかりだ。

「サクラちゃん?」
「もう、諦めたほうがいいわ。あれは地雷だから、先生はがっちり隠しているのよ」

 どこか嬉しそうなサクラに、ナルトは首をかしげることしか出来なかった。



(20060913)