「っは、」
息の仕方が、わからなかった。
呼吸をするために息を整える、というのもなかなか滑稽だ…と意外と冷静に考えながら、一度ゆっくりと息を吐き出し、もう一度大きく息を吸って、さらにゆっくりと吐き出す。
状況を整理しようと、ぼんやりした意識のなかで記憶の糸を辿ろうとしていると、頭上からか細い声が降ってきた。
「カカシせんせ…、」
目線だけ声の方へ向けると、たっぷりと涙をためた翡翠の瞳が、まっすぐにこちらを見つめている。
ぼんやりした世界、それでもはっきりと聞こえた、どれほど小さくても、きみの声だけがクリアに。
「サクラ…、」
思ったように、声が出せなかった。掠れてしまい、我ながらずいぶんと聞き取りづらい声だと思った。そこでようやく、思い出す。
(…ゆめ?)
暗闇の中、なつかしい人に会った。なつかしい気持ち。
いざその場面に立ち会ってみれば、走馬灯のように、などではなかった。じっくりたっぷりと、大切に噛みしめていた。これまでの記憶を。
なつかしいあの人に、大切なあのひとに、伝えたい想いを綴りながら、自分の心にももう一度大切に刻み込んで。
ああ、そうだ。死んだのだ。
間違いなく、息が止まっていた。だから、うまく呼吸ができなかったし、どくんどくんと脈打つ心臓が、全身に血を巡らせているのを感じる。
からだじゅうが、人間としての活動を、思い出している。ゆっくりと。
そんな大事なことよりも先に。
「…どうして泣いてるの、」
不安げなその表情を、なんとかしてやりたいと思った。
痛みというより、関節が錆付いたように動かない腕を、それでも持ち上げて、翡翠の瞳へのばす。
頬を包んでやれば、堰を切ったように、ぽろぽろと涙が滴り落ちてくる。
嗚咽のようなものを漏らして、鼻水垂らす勢いでひくひくいっちゃって。もうほんと、不細工極まりない、のに。
こみあげてくる、あたたかな気持ち。
ぴた、ぴた、と滴る音。
涙のあたたかさが、ぼろぼろに傷付いた自分の頬にしみこんでいく。
「生きてるよ、おれは」
言葉にならないような声で、うん、と頷くと、びっくりするくらいにきれいな笑みを浮かべる。
涙でぐしょぐしょの顔なのに。なぜだか、どんな美人よりも、美しいと思った。
おれの太陽は、きみ。
きみがいてくれるかぎり、この日だまりの中で、生き続ける。
(20140521up)