いつのまにか、やわらかな日差しに、うとうとしてしまっていた。





 本屋からの帰り道、楽しみにしていた新刊を家に着くまで待ちきれず開こうとした手が、止まる。
 目の前をふわふわと横切る、たんぽぽの綿毛。
 足を止めて気付く、ぽかぽかとあたたかな陽射し。川のせせらぎ。

「春だねー」

 なんだかいいなー、と足の向きを変え、土手に座り込み…そのまま背中をつけ、身体を横たえる。
 ふかふかの土とやわらかな草。明るい色の花。
 見えるものは、青い空、白い雲。

 こんなふうに、のんびりとした時間を過ごすのは、いつぶりだろう。

 物心ついた頃から、忍びとして功績を上げてきた。
 もちろんつらいことは多かったが、それが当然と思い込んでいた。

 だがそれも、このたび下忍の担当となり、危険な任務の頻度が格段に減った。
 いつだって生き急いでいるように、追い立てられているように、休みなくとにかく任務をこなしていたカカシからすれば、夕方には任務を終えて、食事をして、寝る。という生活がどうにもなじまないでいた。

 だから本当に、ほんの気まぐれで。
 気持ちよさそうだなーと思ったちょっとした興味本位で。



「…あれ?」

 だったのに、つい目を閉じたら、気がついたときには夕暮れだった。

 しまった…と身体を起こそうと手をつこうとすると、隣に見知った少女が横たわっていたことに気付く。

「…サクラ?」

 眠りこけていたとはいえ、人の気配などまったく感じなかった。
 いくら見知った部下の、子供とはいえ。
 忍び失格だなーと苦笑しつつ、サクラを見やれば、やはりすっかりと眠りこけている。

 だけれどすやすや眠るサクラの寝顔を見ていると、幸せな気持ちにこそなれ、嫌な気などまったくしなかった。


 ふと、薄紅色の髪に、たんぽぽの白い綿毛がついているのに気付いて、その髪をひと房掴んでやる。
 綿毛に触れずとも、さらさらとした髪が指をすり抜け、綿毛は軽やかに飛んでゆく。

 何の気なしにそれを目で追っていると、うーんとうめく声が下から聞こえてくる。

「せんせー、起きたの?」
「おおー、よく寝てたね」
「先生もね!」

 んー!と伸びをすると、その薄紅の髪が風でさらさらとゆれる。
 夕焼けに照らされ、きれいだな、と思う。

「サクラ、いつからいたの?」
「んーと…、お母さんに夕飯のお使い頼まれて家を出て… あ!お買い物してない!!」

 つい先ほどまで夢の中だったとは思えない大騒ぎ。怒られちゃうー!とパニックになっている。
 百面相がおもしろいなーとのんきに眺めていると、カカシ先生のせいよ!と怒られてしまった。

「先生があんまり気持ちよさそうだったんだもの…」

 この土手は、商店街へ向かう途中にある。カカシと同じように、「いい天気だなー」とのんびり歩いていたところで、土手に横たわるカカシが目に入り、近寄ってみたのだという。

「つついても起きないし。つまんないなーって同じように寝転がったら、気持ちよくなっちゃって…」

 つい。
 サクラもまったく同じことを思っていたのだと思うと、なんだかおかしくなる。
 
「よし、じゃあ買い物済ませて帰ろう、送ってく」
「え、でも先生の家…」
「俺が付き合わせちゃったって説明してあげる。実際、そうだしね」

 幸せな時間をくれたから。
 カカシは立ち上がると、サクラに手を差し伸べる。

「気持ちよく寝かせてくれたお礼」
(20140407)