涙の痕が残る頬に、ぽつり、と落ちてきた雫。
 もう、流す涙なんて、残ってはいないのに。

 ぽつり、ぽつり、

 雫はどんどんと多くなり、いつしか本格的な雨に変わった。

 空が泣いているのだろうか。
 もう、泣くこともできないわたしのかわりに。






 おぶったナルトの重みを背に感じながら、もっと重たい気持ちで門をくぐる。
 一歩、里に足を踏み入れれば、ああ取り戻せなかったな、と悔しさに苛まれる。

 深く息でもつこうかというとき、視界の端にとらえた薄桃色の髪。
 うつむいたまま、こちらを見るでもなく。
 帰ってくると知って待っていたのか、あるいは。
 きり、と胸が痛むのを感じる。だがその痛みは、誰のものだろう?

 声をかけようかと迷ったが、背中のナルトを思い、先に病院へと向かおうとしたとき。すかさず帰還の情報を得たのであろう医療忍者達がやってきた。
 「あとはお任せください」の言葉に甘え、医療忍者の背中へと小さな体を移し、ナルトの肩をぽんと叩く。

(がんばったな)

 傷つき疲れ果てて眠る顔は、どこか悲しげだ。
 どうしてこんなことになってしまったのか。あのとき、自分が引き止めることができていたら。
 お願いします、と小さな声で見送ると、微動だにせず下を向いているもうひとりの教え子のもとへ。
 
 きっと、もう、結果は知っているのだろうけれど。
 やはり想いを受け止めてやるのは、自分の役目であると思って。


「なーにやってんの、風邪ひくよ」

 ぽん、と触れた肩があまりにも冷たくて、驚いてしまった。
 体温の低いカカシの掌でも、冷たいと感じるのだから、よっぽどだ。

「…風邪、ひくよ」

 頑として動こうとしない小さな背中。
 ああもうどうしてこんなにも、子どもたちはそれぞれに真っ直ぐすぎて、一生懸命すぎるのか。

 雨は止んで、しばらく経つ。
 髪も衣服も濡れぼそったままであることから、いちばん激しかったときからずっとここにいるのだろう。



「先生」

 触れていた肩が、わずかに震える。
 
「いつでもわたしだけ、何にもできないね」

 掠れた声に、胸を締め付けられる。

「そんなことないだろ…!」

 ほんとうに、そんなことはない。というのに。
 彼女にどれだけ救われてきたか、彼女自身がわかっていない。

「強くなりたいよ、先生。足手まといになりたくない。わたしもサスケくんのこと、助けたい…」

 あれほど、泣いたのに。それでもまだ泣きそうになる。
 言葉にすると、悔しい想いが、止まらない。


「…サクラ」

 ゆっくりと前へやってきたカカシが、サクラの目線の高さに膝をついたと思うと、次の瞬間にはその胸にすっぽりと抱きしめられていた。

「おまえのおかげで、ここまでやってこれた。おまえがいたから、七班はまとまっていられた。たぶん、あいつが帰って来るのは、俺の元じゃない。おまえの元にだ」

 帰って来るのか、わからないけど。
 それでも彼女が取り戻したいと言うのであれば、足をへし折ってでも連れ帰る覚悟はある。
 自分も。おそらく、ナルトも。

「そのとき、しっかりぶん殴ってやれるよう、一緒に強くなろう」

 これまでとまったく同じには、戻れないとしても。
 いつかまた、みんなで、笑い合えるように。

 抱きしめた小さな肩が、また震えだした。
 あたたかな涙が、カカシの胸に染み込んでくる。
 こんなにも求められて、どうして切り捨てたのか。恨めしいような気持ちが、ほんの少しだけ、憎らしさに変わる。
 つい、抱きしめた腕に力が入ってしまった。

 ぐじゅ、と鼻をすすりながら、サクラがでも、と小さくつぶやく。 

「…顔はやめてね、きれいな顔に傷をつけたくない」
「ハイハイ、」

 ようやく上げられた顔。目にはたっぷりと涙がたまっていたけれど、浮かべた微笑みは明るかった。

 やはり彼女は、第七班の要だ。
 彼女が笑うだけで、こんなにも前向きな気持ちになれるのだから。



(20140209)
原作だとこのあとサクラはいのちゃんと一緒にナルトを見舞って病院へ行って、そのときサスケくんのことを知っていましたね…。
雨のシーンだったな、てことしかきちんと覚えてなくて、ここで書きたいと思って、カカシ先生がナルトを見つけるとこまでしかきちんと読み返してなかったので矛盾してしまいました。捏造すみませ…。