うぅ寒い、と肩を震わせながら、しんしんと雪が降り積もる通りを歩く。
 記録的な大雪になる、という今朝の天気予報を思い出し、もはや雪にはしゃぐどころか、明日の仕事行くのめんどくさいなーと考えてしまう自分に、変に大人になってしまったなぁと少し複雑な心境を抱きつつ。

 できればまだ身動きの取れるうちに、食糧を買い込んでおいたほうがいいかもしれない。凍った雪道を大荷物で歩くのは危ないし、億劫だ。
 そう思い、自宅に向けていた足をスーパーに向けようとしたところで、シャッターの下ろされた商店の軒先で見知った姿を見つけた。

「あれ、先生、どうしたの?」

 いつもの本を読むでもなく、相変わらずの猫背で、両手をポケットにつっこんだまま、ただただぼうっと空を眺めていたカカシは、ゆっくりとサクラを振り返る。
 よ!と手を上げて気さくな挨拶をしてくる彼の横にすべりこむと、さしていた傘に積もった雪をはらう。まだ歩き始めてたいして時間も経っていないのに、ほんのすこしだが重みを感じていたと思ったら。

「ひどくなってきちゃったから、雪宿りしてたとこ」
「ゆきやどりー?」
「なんか雪の夜って明るくてきれいだよねぇ」

 彼に似合わぬ情緒的なせりふに思わずくすりとする。
 多少の雨だって気にしないでずかずか歩きそうなこの上忍が、降り積もる雪をきれいと思っているだなんて。

「でも先生、これからもっとひどくなるのよー?ここで待ってても帰れなくなる一方だわ」
「あーそうなんだ」
「しょうがないわねー、わたしの傘に入れてってあげる」

 ピンク色の傘を再び広げ、狭いテントから出て手招きして見せれば、にこり、と返される。

「ありがとねー。じゃあせっかくだからお邪魔しようかな?」

 すんなり軒先から出てきたカカシは、サクラの手から傘を奪う。
 彼の纏うモノトーンの色彩のなかで、ピンクの傘はよく生えた。おかしいくらい似合っていないけれど。

「先生、かわいい女の子と相合傘できるなんてついてるわね」
「あはは、傘忘れたおかげだねー」

 笑って震える肩が、ほんの少し触れ合う。
 思えば、こんなにも近い距離で、隣を歩いたことなどなかったかもしれない。
 いつだって彼の背中を追うか、あるいはうしろから見守られていたように思う。
 なんだか少しくすぐったくなって、気付かれないようにほんの少しだけ体を離してみれば、すかさず寄せられる傘。
 それではカカシが濡れてしまう、と結局また距離を詰めた。なんだかカカシの意のままにころころと転がされているようで、恥ずかしくなる。

「ん? あれなんだろ…」

 大通りに差し掛かったところで、カカシがつぶやく。視線を向ければ、なにやら大きなカメラを担いだ男性。まわりにいる数人の様相からして、どうやらテレビの取材のようだった。
 インタビュアーと思しき女性が、道行く人にマイクを向けている。

「なにかあったのかしら」
「さー…、でも事件性のある感じじゃないよね」
 
 確かに、マイクを向けられた通行人も、困ったような表情を浮かべつつ、それでも笑っている。
 まぁでも帰ってワイドショーでも見ればわかるでしょ、とお互いに特にそれ以上言及せず通り過ぎようとしたところで、あの!と背後から声をかけられる。

 なんとなく、嫌な予感がして、ゆっくりと振り返る。
 するとそこには、さきほど見過ごしたインタビュアー。その背後に立つカメラは、間違いなくこちらを捉えていた。

「すみません、今ですね、観測史上最高を記録しようという今回の大雪について、里の皆さんの声を伺っているんですけれども、ご協力頂けないでしょうか?」

 控えめっぽい言い方をしながらも、随分積極的に距離を詰められている。
 説明ができないような、とにかく嫌な予感としか言いようのない危機を感じて、サクラは踵を返そうとする。
 が、手首をつかまれ、阻止されてしまった。隣の男に。

「まあいいじゃない別に急いでないし。寒い中お仕事大変ですねー」

 にこにこと愛想のいいカカシに、インタビュアーの女性も胸を撫で下ろしたのか、ありがとうございますーと言いながらぐいと寄せられるマイク。
 とにかく早くここから去りたい一心のサクラからすれば、このひとこんなに人当たりよかったっけ…と思わず怪訝な表情で見つめてしまう。

「おふたりはお出かけのお帰りでしょうか?」
「(お出かけ…、?)ええ、まぁ(仕事に出かけてて家に帰るわけだし)、そうですね」
「せっかくのデートもこの雪のせいで中断、なんてことになってしまったんでしょうか?」
「デ…、え?」

 それまで愛想良く応対していたカカシがぴたりと止まる。
 ああ、これか、これだったのか嫌な予感は。

 誰が見るともわからないテレビの取材で、何が悲しくて班の担当上忍(アラサー)と恋人同士だと誤解を受けなければならないのか。
 そしてカカシとて、同じ思いでいるに違いない。名うての忍が、こんな実績もろくに無い、子供とだなんて。
 思わず頭を抱え、顔を伏せる。

 あー、とか、うー、とか隣から唸り声が聞こえるが、とにかくさっさと誤解を解かなければ。違います!と声を上げようと口を開いたところで、カカシの口から次いで飛び出してきた言葉に耳を疑った。

「あーでも、恋人といる時の雪って、特別な気分に浸れますからねー。悪くないですよ」

 耳を疑った、というよりも、耳に届いた言葉すべてを信じられなかった。あれ、それって同じ意味か。
 恋人? え、恋人?
 ここで今すぐ言わなければならないことがあるのはわかっているのに、頭が真っ白になって何をどう言えばいいかわからず、先ほど開けたままの口をぱくぱくとさせる。

「ロマンチックですねー!」
「あはは、そんなことないですよー。でもそう思えば、雪も楽しいですよね」
「ちょ、せ(んせい)」
「あははは照れちゃってかわいいですねー」

 ようやく上げようとした否定の言葉は、カカシの手によって塞がれてしまった。意図的だ、これは絶対に意図的だ。先生、と言わせないように。
 ていうかさっきからこんなせりふを素面でするすると恥ずかしげもなく言える男だったのか、このひとは!たとえ本気でないにしろ、聞いているこっちが恥ずかしくなるようなせりふばかりを。
 思えば雪宿りなんて言い出したときから、妙な気はしていた。そんなふうに思うこころが、感情に乏しそうに見えるこの男にあったのかと。
 かわいい、だなんて。どの口が!
 褒められてはいるだろうに、喜ぶどころか驚きと戸惑いが溢れ出して、結局なにひとつ弁解の言葉が出てくることもないまま、ご協力ありがとうございました!とまた新たなターゲットを探しにさっさと撤収していった取材班を、見送ることしかできなかった。

「…先生、なんであんなこと言ったの」
「んー? まぁカップルと思って声かけられたんなら、それなりに返しといたほうがあのひとたちの仕事の役には立つんじゃない?」

 彼らがそれを求めているから。というリップサービス。ということ。
 さっきまで抱いていた、ほんの少し浮ついた心が瞬時に怒りに変わり、拳を強く握り締める。無意識のうちに、チャクラが集まりだす。

 いったい、わたしは、なんなのか。

「そんな見ず知らずの取材班のために、わたしの青春を犠牲にしてんじゃないわよーーーーー!!!」

 しゃーんなろー!!!と一切の手加減なく繰り出した拳は、こちらが驚くほどきれいにカカシの右頬にクリーンヒットした。
 よろけるだけでは収まりきれず、数メートル後ろへ吹っ飛ばされて、尻餅をついた。 
 避けることなど、容易かっただろうに。

「ちょ…、チャクラ込めることないでしょーよ」
「な、なにばか正直に受け止めてるのよ! 避けなさいよ!」
「避けたらサクラ怒るだろ」

 いてて…とさする右頬は、顔布越しにもはっきりとわかるくらいにぷっくりと腫れ上がっている。
 確かに避けられてしまったら、握り締めた怒りは行き場を失いさらに助長してしまいそうだった。だが。

「先生むかつくわ」
「ェエー…、こんなにしといて」
「信じられない!許せるわけないでしょ。わたしのこと好きな男の子がこれ見たらどう思うわけ?こんなアラサー先生と付き合ってるだなんて思われたら、誰も近寄ってこなくなっちゃう」

 わかった上で、繰り出された拳をかわさず受け止めたのも。

 頬をさすっていた手を地面について、よいしょとカカシが立ち上がる。
 ああそういえば、カカシが左手に持ったままのサクラの傘は、無傷である。
 きっと傘を壊さないように。だから吹っ飛ばされても、受身を取らずにいたのも。

 そして濡れちゃうからとすかさずそれを差し出してくるのも。
 自分は尻餅までついてびしょ濡れなのに。

 それもこれもどれもかしこもぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ、む か つ く!!!

「そうなったら先生、責任取りなさいよ」

 睨み付けながら、腫れ上がった頬のカカシが差し出してくる傘におさまってみれば、向けられるのは目を見開き、思いっきり驚いた表情。
 
「ずいぶん大胆なこというね」
「かわいい教え子の将来を奪った罪は重いんだからね。先生の人生をかけて償ってもらうわ」

 本当に腹を立てて言っていたはずなのに、なんだか急に恥ずかしくなってしまった。
 さきほどまでよっぽど恥ずかしいせりふを吐いていたカカシをも動揺させてしまうくらいの発言をしまったのだ…。と、ふと我に返る。
 これではまるで、プロポーズのようではないか。

「そうだね、きちんと責任取らせてもらうよ」

 にっこりと笑いながら行こうかと促されると、ほんの少しだけほっとした。ちょっとあっさりしすぎじゃない?と思った気持ちも否定はしきれないが。
 全部が本気じゃない。でも、断られていたらたぶん傷ついていた。なんだろうこの気持ち。
 と、当然よ、となんだか焦りながらそっぽを向く。急に暑くなってきた。

「サクラといっしょに雪の中でこうやって帰るのって、やっぱり特別な気分だしね」 

 やっぱりこの男は、自分が思っているよりもずっと、とんでもないロマンチストなのかもしれなかった。
 くすぶる想いの吐き出すすべがわからず、サクラは耳まですっかりと赤くなってしまった顔を伏せ、再び頭を抱えた。
 


 なお、テレビで放映されたその様子を見た顔見知りから、すれ違いざまにリア充爆発しろ!と恨みがましい視線を向けられることとなり、また別の意味で頭を抱えることになろうとは、まだこのときは知る由もないのだった。



(20140211)
twitterではやっていた雪の日カップルのトレス絵の補足ばなしですw
ほんとはしゃーんなろーで終わるつもりが、得意の少女漫画になってしまいました…