「カカシ先生って、いつも遠くを見ているわよね」
任務の合間の休憩中、不意にそんなことを言われ、思わず愛読書を読む手を止め、隣に座っていた少女を見やる。
それこそ、こちらのほうを見もせず、少し離れた場所で組み手をしているチームメイトを一心に見つめていた。
「おまえだって見てるじゃない」
「そういう意味じゃなくて」
年頃の女の子の考えることは難しい。
自分が子供だった頃から、子供でいることを赦されなかったせいか、第七班の担当を任されたものの、カカシ自身、子供たちを持て余していた。
なまじ複雑な事情を抱える子供ふたりに、もうひとりはふつう女の子。
忍びとしてのノウハウは教えられても、他の面ではからっきしだ。特に、女の子など。どう接していいかわからず、戸惑うばかりだ。
今だって。
「わたしたちのこと見ているようで、その先に違う誰かを見ている気がする」
サクラの視線が、ようやくカカシに向けられる。
それこそ、カカシの視線の先を、捉えようとしているように。
決してわかりはしないはずなのに、なぜだかサクラには見抜かれそうで、恐ろしくなった。
「おまえはまっすぐだね」
まっすぐに彼を見て、まっすぐに思ったことをぶつけてくる。
それは子供だからか、あるいは忍びの世界とは無縁の家庭で育ったサクラだからか。
うらやましくもあり、少し、恐ろしい。
自分がだいぶ屈折した人生を送ってきたからか。
「そうよ。だから、先生がわたしと距離を置いているのもわかってる」
そうしないと、その先にいる誰かを見てしまうから。
見えて、しまうから。
見るのが、こわいから。
「先生わたしがこわいの?」
サクラは聡い。
三代目の言葉を思い返す。
でなくとも、普段のちょっとしたことからも、察しの良さには気付いていた。
だからこそ、気付かれないはずがないのだ。
どんなに表面上、取り繕ったとしても。
沈黙は肯定。
押し黙ったカカシをしばらく見つめた後、サクラは無邪気に笑う。
「上忍のくせにだらしないわねー!」
あはは、と大きく口を開けて。
彼女は、こんなふうには笑わなかった。
わかっている。
一緒に過ごせば過ごすほど、見つかるのは相違点ばかりだ。
それなのに。
「…こわいよ」
思いのほか弱気に聞こえてしまう声色に、反応して見つめてくる大きな翡翠の瞳。
ああ、ほら、また。その、真っ直ぐな眼差しを。
ちっとも似ていない、それなのに重なってしまう、彼女の眼差しと。
「上忍のくせにだらしないわね、」
つい先ほど聞いたせりふとまったく同じだったが、聞こえてきた意味合いがまったく異なり、すぐには気づけなかった。
項垂れた大人の体を、細い腕がさらう。
抱きしめられている。小さな子供に。
「…なにしてんの?」
「だいじょうぶよ、わたしが守ってあげる」
「おれはお前をこわがってるのに?」
「先生がこわがってるのはわたしじゃないわ、わたしの向こう側に見えている誰か」
非力な子供と侮っていたことを後悔するには難くなかった。
この小さな体は物理的にはなんとも頼りないのに、とてつもない安心感を纏っていた。不思議と。
脇腹に感じるあたたかな体温に浮かされ、気づかされた。
本当に恐ろしいのは、サクラと記憶の中の少女がだぶるからではない。
サクラの前では、すっかりと身包みをはがされ、素直なこころをさらけ出してしまうこと。
見せてはいけない、弱い部分に、触れられてしまうこと。
恐ろしいと思う一方で、どこか安心してしまう自分がいることに気づいて、もっと恐ろしくなってしまった。
(失いたくない、二度と)
ほんの少しだけ、体重を預ける。一瞬ぐらりとよろめいたが、ぎゅううとしがみつかれ、なんとか踏みとどまった。
「…サクラはいなくならないでくれる?」
「ばかね、先生がどこかに行こうとしたって、こうやって引き止めるわよ」
遠くで、ナルトの悲鳴に近い声が聞こえる。サスケの殺気にまみれた視線も感じた。
それでもカカシはためらわず、サクラの小さな体を包み込むように抱きしめた。
(20140401)
支えが欲しいカカシ先生。
支えになりたいサクラちゃん。
女の子は母性。