任務の途中で、雨が降り出した。ぽつり、ぽつり。
 凌ごうともせず、カカシはその場に変わらず立っていた。



「先生、濡れちゃうよ」

 遠慮がちな声。
 気配には気付いたが、振り返らなかった。

「ん、お前たちは集合場所で雨宿りしてろ。俺はもう少し様子を見てから行くから」
「でも、」
「大じょーぶ。すぐ行くよ」
「でも先生、何も見ていないじゃない」

 その言葉に、恐ろしくなって、漸く振り返る。
 一体彼女には、なにがどう見えているのか。
 確かに周囲の様子など見ていなかった。だがどうしてサクラがそれに気付いたのだろう?

「お前が濡れちゃうだろ、風邪ひくぞ」
「…カカシ先生が、心配なの」

 こんな非力な下忍に心配されても、と思わず苦笑しかける。
 だが、サクラの真剣な瞳を前に、それはできなかった。

「先生が、雨に溶けて消えてしまいそうで」

 年頃の女の子は難しい。
 サクラは聡い子だが、時折反応に困るようなことを言う。
 これがただのバカなら、笑い過ごせるのに。

「…溶けたりしないよ、俺だって人間だぞ?」
「でも、いつもどこか遠くを見てる。どこか違うところへ行こうとしてるみたいに」

 いつだって本質を突いてくる。
 だから反応に困る

「だから不安なの。そばで、見ていないと」

 そして、恐ろしい。


「カカシ先生」

 ああ、ほら、まただ。
 自分を見上げてくるこの瞳。

 だぶるのは、負傷した自分を心配そうに見つけてくるあの眼差し。
 胸を貫かれてもなお、自分を心配していた、あの眼差し。

 見つめないで欲しい。彼女と、同じ目で。

「どこにも行かないで」

 わたしたちを置いて。
 心細くなった子供が、母親を求めるような頼りなさで。

 きゅう、とつかまれた服の裾が、想いの切実さを訴える。

「…いまは、行かないよ」

 無碍にはできなかった。相手は子供。
 それでもこれが精一杯の妥協。

 近寄らないで欲しいと思う気持ちは、本心だった。
 踏み込まれたくない。
 自分の心にこれ以上、誰か招き入れることが、恐ろしくて。
 
 どうせ失うのだ。こちらがどんなにしっかりと握り締めていても。
 愛したものは、すべて、指の隙間からするりとすり抜けてゆく。

「いまだけじゃないわ、ずっとよ」

 それなのに、引き止めていて欲しいとも思ってしまう。
 そんな心を、読まれているのだろうか。

 サクラはいつも、想いを鈍らせる。
 だから、恐ろしい。
(20140205)