「下忍の担当…ですか?」

 思わぬことにカカシは聞き返す。

 これまでに幾たびかその役どころは与えられていたものの、合格の太鼓判を出すに足る人材がおらず、ことごとく突き落としてきた。
 とりたてて厳しいわけではない、と思う。これまで自分に割り当てられた者たちが、単にその資格に足らないだけだったと思う。そこで甘やかしたところで、のちのちそれは本人たちの首を絞めるだけなのだから。
 それでも、周囲からのそんなカカシに対する評価は厳しいもので、おかげで最近では声がかかることもなかなか少なくなっていたのだったが。

「そうじゃ…、お前もそろそろ、後継者を育てないといかんからの」

 隣を歩く三代目火影がこちらに目線を向け、にいと笑う。

 考えれば、偶然であったはずがない。火影と道端でばったり、など。
 曲がり角の向こうから、その気配は感じてはいたのだが、「おお偶然じゃな、ちょっと付き合ってくれんかの」などという軽い言葉に引きずられ、同行していくうちに予想に難い展開。 

 後継者。…こんな俺が?
 あまりにも現実味のない言葉に、思わずうーんと唸ってしまう。

「カカシ、おまえのこれまでの功績は素晴らしい。これからも第一線で皆を背負って立つ立場には変わりはない。
 じゃが、そろそろその才を、若い忍たちに伝えていくのも、おまえの役目だと思わんか?」

 いずれ、身は果てる。任務中の死か、はたまた辛くも生き延びるか、わからないが。
 いくら鍛えても、身体的な衰えもいずれやってくる。
 動けるうち、その技を伝えていくというのは、当然のこと。

「…自分みたいなもんが、そんな器ですかね、」
「なんじゃ、随分と殊勝じゃの」

 確かに自らの実力の面では、そうすべきなのだと思うのだが。

(まあ…、火影直々に頼まれちゃあ、引き受けるほかないけどね…)

 それでも、自分の信念を曲げるつもりは毛頭ない。
 亡き友から受け継いだ、大切な想いを。
 たとえ火影の直訴だとしても、あの友の言葉から反れるようなものたちであれば、やはり突き落とすほかない。 

 重い楔のような過去の記憶にふけっていると、まぁ…、と火影が言いよどむ。

「なんです?」
「実のところ、それだけではない。お前に任せようとしているのは、こやつらじゃ」

 どこから取り出したのか、火影が差し出してきたのは3枚の書類。
 3名分の忍者登録書である。
 そこに書かれた名前を見て、はたと足を止める。
 
「…なるほど、」
「数奇なものでな、偶然とは恐ろしいものよ」

 下忍の班割りは、アカデミーでの成績順で均等に、というのがセオリーである。
 そのため、数奇というが、単にトップとドベだったのだから、当然といえば当然の班割りではあるのだが。

「作為はないぞ」
「…でしょうね」

 はは、と渇いた笑いを浮かべながら再び歩き始める。
 道行く子供たちが、ほかげさまーと呼びかけてくる声に応える隣の老人は、実に穏やかな表情をしている。
 こちらの心境とは大違いだ。

「お前なら…、いや、お前にしか任せられない班だと思わんか?」

 三代目が、子供たちに向けた穏やかな表情のまま、カカシに振り返る。

 ある意味、あの友の信念にしたがい突き進んできた自分にとって、これ以上ないほどの人選ともいえる。
 伝えていきたい、あの想いを。



・・・



 うずまきナルトの部屋をあとにする、というとき。

 はらり、とめくれたもう一枚の書類に気付いた。
 つい、最初の2枚のインパクトが強すぎて、きちんと目を通していなかった。

 瞬間、思わず目を奪われる。

 春野サクラ。
 火影がその名を呼んだが、それがこの書類の彼女のものだということに、気付くのが遅れてしまった。

「体力的には難があるが、熱心な聡い子じゃよ」

 喉がひくついた。
 恐ろしく良く似ていた。
 この手で貫いた、かつてのチームメイトの真っ直ぐな眼差しに。
(20131230)