『ドボン』





 待機所の廊下に面した窓越しにそれを見かけたのは、たまたまだった。
 パタパタ…とあまり聞きなれない足音への興味本位から。忍びばかりが集うこの場所で、ここまで無自覚に音を立てて歩くのは一体誰なのかを確かめてみたくなって。

 そして視線を向けたときに、廊下を行き交う人々の視線をやけに集めてしまっているその足音の主と、視線を集める理由が音ではないことに気付き、思わずぎょっとした。
 
 一瞬の逡巡。いやしかしやっぱり。待機所の扉をガラガラと引くまでに三秒とかからなかった。
 背後から自分を呼ぶ声が聞こえたが、構わず廊下へ飛び出した。

 
「おはようサクラ」
「あら、カカシ先生。今日は早いんですね」

 わたしたちの任務のときはいっつも遅いくせに~と笑いながら冗談交じりの嫌味を投げかけてくるサクラの隣に並ぶ。
 普段ならそれなりのリップサービスで付き合うところだが、今日ばかりはサクラを壁沿いに歩かせるよう誘導するので精一杯だった。

「どうしたの、それ」

 ポジション取りが成功すると、まず気を揉む要因になった彼女の足元について問い質したかった。
 それ、と顎をしゃくると、察したようでサクラがああと視線を足元に送る。

「夕べすごい雨だったでしょう、それで今朝大きな水溜りが出来てたの。考え事しながら歩いてたら思いっきり両足つっこんじゃって。だから、ブーツを乾かしてる間、スリッパ借してもらったの」

 朝からやっちゃったわ、と片足を上げてスリッパを指差しながら苦笑するあどけない表情に、頭が痛くなる。

 普段はブーツで覆われているすらりとしなやかな足が、まぶしいくらいにその白さを見せ付けていた。
 いやいやいやこれは青少年にはか目に毒でしょう?

「…ずいぶんサービス精神旺盛じゃない」

 ごく小さなボリュームだったが思わず漏れてしまった心の声はばっちり聞かれてしまったようで、不思議そうに見上げてくる。

「なにが?
「いやべつに」
「先生、なにかわたしに用でした?」
「いやべつに」

 なんなのよ!と声には出さなかったが、眉根を寄せる様子でそう言いたいのは察してしまった。
 なるべく音を立てないように気遣って控えめな歩調だったが、それでもサクラの足にはサイズの大きいビニールスリッパは、着地のたびにパタパタと音を鳴らし、また新しい視線を集める。

「…ねえ先生、なんだか近くない?」
「そうかな」

 とぼけたふりをしながら、とにかくサクラを壁際に追いやり、庇うようにして隣を歩いた。多少欲目の込められたような視線を感じたときは、牽制も忘れずに。
 サクラは終始怒っていたが、同じくらい不機嫌な気分を抱えて、構わず隣を歩き続けた。






「お、やっと帰ってきたー」

 サクラを修行場まで送り届けて戻ってくると、待機所ではアンコが自分を待ち構えていた。
 そういえば出際にかけられた声は彼女のものだった気もする。

「すまん、なんだった?」
「そんなことよりアンタ、ずいぶん露骨な嫉妬だったね~」
「…嫉妬?」

 意図がつかめず戸惑っていると、片眉を上げ、いかにもからかうような表情で擦り寄ってくる。 

「十代そこそこの娘に血相変えちゃってさー。余裕なさすぎだよアンタ。しっかも鉄面皮のはたけカカシが、必死すぎ! 笑える~」

 おもしろがってケタケタと肩を震わせ笑うアンコに反して、血の気が引く思いだった。

(おいちょっと待て、そう見えていたのか!?)

 確かにただの教え子に向けるには過ぎたおせっかいではあった自覚はある。迷っても結局飛び出したのは、悪い虫がつかなければいいなという保護者のような距離感で。
 言われてみればここへ戻りすがら、ひとりで歩く自分に向けられた意味深長な視線を感じた。自分自身妙に目立つ自覚はあるから、さして追究しなかったが、あれはひょっとして。

 勘弁してくれ…と再び頭が痛くなる。しかしきっと、修行が終わる頃には再びサクラを迎えに行くような気がしないでもない自分の過保護さに辟易して、とうとう頭を抱えた。
(20150607/#夢のカカサクエアオンリー提出用)