7班が、ばらばらになった。

 それから綱手に師事するようになり、厳しい修行漬けの日々。自宅へ帰っても、その日学んだことの復習と、新たな知識への予習に余念がない。
 帰宅すれば食事の支度がされ、あたたかな湯船。それはそれでとてもありがたいのに、それでもあまりにも忙しいと、誰かと生活し、時間を気にする必要に追われることが、例えそれが家族相手であっても、煩わしく感じてしまうこともあり。
 そしてそう思ってしまうことが嫌になって、自活を決意した。



「…なにしてんの?」

 声をかけられる前から近づいてくるのには気がついていたが、それでも視線を向けるでもなく、サクラはガラス窓に張られたアパートの間取り図に食い入るように見つめていた。

「こんにちは先生」
「うん、おれを先生だと思っていてくれているのならね、もう少し視線を向けるとかね、」
「ねえカカシ先生、ここらへんだと家賃の相場っていくらくらいなの?」

 全然聞いてないね、と苦笑いしながらカカシがひとりごつ。
 どれどれと覗き込めば、なんといえばいいか、金のない若者が集まりそうな古アパート。辛うじて風呂がついていますよ!くらいの。

「あれ、ひとりぐらしするの?」
「うん…考え中」
「なんでー。実家にいたほうが楽なんじゃないの?ごはんとか」
「そーなんだけどね…、そのほうがめんどうなこともあるのよ」

 なにやら思うところのあるらしいサクラに、ふうんとわかったふうに頷いてみる。
 なんにせよ家庭の経験が少ないカカシには、わかりはしなかったが。

 しかしこの物件。間取りはともかく、住所が気になった。

「あーでも、」
「なによ」
「まあ安いよ、ここは」
「ほんと!」
「でも、やめなさい」

 なんで!歓喜の表情から一変して、怒りを浮かべて。本当に昔から百面相だなーと暢気に眺めていると、どうしてよ!と畳み掛けられる。

「立地が悪い」
「でもわたし、たぶん寝に帰るくらいだし、場所はそれほど。ここなら職場からも遠くないし」
「んー、そういう意味じゃなくて」

 確かこの通りの一本か二本か先には、所謂そういった類の店が軒を連ねていたような。
 若い女が住むには、あまりにも挑発的過ぎる。

「予算的にはベストなのよね」
「あともう一声」
「だって、ほんとに寝に帰るだけなんだもの。勿体無いわ」
「もー危険なこというね」

 意味が分からない、といった様子で見上げてくる翡翠の瞳。
 昔よりだいぶ縮まった距離。物理的に。ただそれだけなのに、なぜかたじろぐ。

(おれでもこうなんだから、)

 見ず知らずの、しかもすっかりとその気の男が見たらどう思うだろう?
 女らしく成長していく途中の、穢れを知らない少女のまっすぐな瞳。

「まあまあそんな焦らないで。もうちょっと他のも見てみたら?こことかいいんじゃない」

 話を逸らしたくて、無理やり別の物件に視線を移す。
 別にはっきり言ったっていいだろうに。なんならそれでも、なに言ってるのわたしなら大丈夫!とか逆に張り切っちゃいそう気もするほど。

 しかしそれこそ失敗であった。

「…先生、どういうつもり?」

 またも変わる表情。今度は随分と訝しげに。
 それにカカシが意味がわからない、と切り返す。
 が、ろくすっぽ内容を見ていなかった物件情報を改めて見直して、体温が2℃ほど下がったのを実感した。

 そこはカカシの自宅の、すぐそば。

「ええと、…引越し手伝うよ」

 このへたな言い訳を、もうちょっと責められるかと踏んでいたのに。
 意外に、あらゆる意味で、それはうまくいった。いってしまったのだった。

 果たして、カカシはサクラの家探しに、なぜだか付き合うはめになった。
(20140224)