不動産屋と教え子の三歩うしろを、とぼとぼとついていく。
 ちょっと本屋まで、と商店街に向かっていたはずだったのに、まさかのUターン。

 そしてカカシの住むアパートの、大通りを挟んではす向かいに、そのアパートはあった。

(思ってたよりも近い…)

 空き部屋は1部屋。中部屋。1K。7畳ほど?
 家賃を思えば、それなりの様相。季節にとっては、日当たりが気になるところ。
 
「先生、どう思う?」

 不動産屋の説明を聞き終えたサクラが、振り返り意見を求めてくる。
 良くも悪くも、それなりだな、と無遠慮に答えれば、ふうんと返された。
 
 ひととおり眺めて、もうちょっと考えます、と不動産屋に告げ、回答は保留にした。


「…なあ、俺の家が近いから?」

 決めかねた理由は。
 なんとなく気がとがめ、思わず問いかける。
 たまたま指し示してしまっただけで、他意はない。それは本当に。

「なに言ってるのよ。先生がそれなりって言うからでしょう」
「え?」
「それなりなんだったら、もっと家賃安いとこがいいなって」

 別に今日決めなきゃならないことでもないし。
 もしくはもっと条件のいい物件を探したいというのは、当然のこと。

「まあ、下心なさそうなのは見て分かったし」
「え、じゃあ」

 どういうつもり、なんて、どういうつもりで聞いてきたのだろう。
 言いかけて、続けるのを憚られた。一体答えを訊いて、どうするのか。

 そんなカカシを察したのか、サクラが余裕の微笑みを返す。

「わたし結構もてるのよ」
「へえ?」

 なんと反応すべきかわからずなんとも気の抜けた声を出してしまったら、なによその反応!と怒られてしまった。
 そんなこと言われても。

「むしろ、先生を牽制に使えたら便利かなとは思ったけど」
「へえ?」

 随分と失礼なことを言われている自覚はあったが、さも当たり前のように言ってのけるので、なるほど、と変に納得してしまったおかげで反論するタイミングを見失ってしまう。

「でも、そのせいで先生の恋路を邪魔したら悪いわよね?」
「…へぇ?」

 なぜそうなるのか。
 少なくとも現状で、サクラが枷になるような心配のある関係性の女性はひとりとしていない。

「いいトシした名うての上忍が、女の影ちらつかせないなんてそのほうがよっぽど不健全だわ」
「いやいやいやいや」
「それに、近くで見ちゃったら、それはそれでわたし邪魔しちゃいそうだし」
「…ねえサクラちゃん、俺のことなんだと思ってるの?」

 完全におもしろがられている。それは悪戯に釣りあがった唇の両端を見る限り明らかだ。
 くすくすくす、と女の子特有の笑い方。なぜだろう、からかわれているのに、不快な思いはない。
 もてるのか。もてそうだな。教え子という目線を少し離れて、客観的に思う。
 快活で、利発なサクラ。悪い印象を抱くものは、そういないだろう。

 朗らかな陽だまりのような心地よい眩しさに目を細めていると、ねえ?と小首を傾げておねだりのしぐさ。

「ねえ先生、もしここじゃない部屋を借りても、引越し手伝ってくれる?」

 声をかけやすそうなアイツは旅立ってしまったから。だから。

「いいよ、別に」

 こんな気さくな関係でいられるのも、いつまでだろう。



(20140319)
(どちらかに特別な誰かができるか、あるいはお互いが特別になるか)