きっかけはささいなことだった。と言うか、どうでもいいようなことにいちいちつっかかっては、騒ぎを大きくするのが、あの2人の少年たちのパターンである。
タヅナの護衛と言う任務を終え、木の葉の里へとのんびり帰る道中。飽きもせず、にらみ合うやんちゃ坊主ふたりを眺めながら、カカシはふぅとため息をつく。
いつもいい加減にしろと止めに入るのは、カカシよりもむしろ紅一点のサクラのほうが多いのかもしれない。その際はきっかけがどうあれ、常にナルトが諸悪の根源にされてしまうのは致し方ない。
そんなサクラが今日はいつまでもおとなしく自分の隣を歩いているものだから、そろそろおさめるか…と口を開きかけたときだった。
「先生」
その声が耳に入ったのは、正確にはどのタイミングだったか。
サクラに振り向いたときか、あるいは伸ばされたサクラの手が、右手に触れる寸前、勢いで振り払ってしまったときか。
「あ、悪い…」
とにかく目を合わせたときの、驚きと悲しみとが入り混じったようなサクラの表情に、ようやく搾り出せた謝罪の言葉はそんな情けないものだった。
ひとを、貫いた、この右手。
なぜだか触れて欲しくないと思った。
自分を見つめてくる死してなお大切なものを守ろうとする強い意志を持った瞳と、なぜかサクラの翡翠色の瞳が重なった。
驚きとも悲しみとも判断しかねる色を浮かべていたそれは、いつのまにかしっかりと自分を見つめていた。
「サクラ…」
「かっこよかったわよ、先生。わりと」
いつもだったら、おどけて「ありがとー」などと簡単に言えただろうに、今日ばかりはそれが出来なかった。
ひとを殺すことは初めてではない。何人もの手を借りてもなお足りないくらいの命をこの手で奪ってきた。
だというのに。
忍であるなら、この先いくらでも命の終わる瞬間を目にするだろうし、誰かの命を奪うこともあるだろう。
いたいけな少女に初めて、忍の現実を自分が見せたのだ。ある意味、師である自分にふさわしい役ではないのか。
だというのに。
どうしてか。ぐらつく心。
見られたくなかったとでもいうのだろうか。
ひどく乱暴に突き放したのに、サクラは再びカカシの右手に手を伸ばしてくる。
目で追って、そうされるだろうことはわかっていたのに、サクラの手がためらいなく触れてくるのに、強張ってしまう。
「あたし、先生のこと好きよ」
小さな手に、ぎゅうと握り締められる手のひら。
逃げ出したくなるほど、うそのない言葉に、たじろぐ。
「サスケくんの次にだけどね!」
おどけて笑って見せるサクラに、ようやく頼りなくだが笑顔を向けることが出来た。
いつの間にか、手のひらの緊張が解け、自然と小さな手を握り返していた。
この先またこんな気持ちになったときは、優しい温度で包み込んでくれるのだろうか。
あるいはサクラの気持ちが折れそうなときに、そばで包み込んでやるのは、自分の役目であればとぼんやりと思った。
(20060915up)