※もしもカカシ先生が火影になっていたらという未来捏造話です。
 抜け忍出しといてキャリア終わらないはずねーだろ、という正論はひとまず置いといて。





 こみ上げるあくびを堪えるでもなく、思いっきり大きな口をあける。
 目じりに涙が溜まる。だいぶ長いこと椅子に縛り付けられていた気がする。一体いまは何時なのだろう。
 
 時計を見ようと視線を動かせば、机の右端に追いやった書類の束を視界の端に捕らえてしまい、はあと息を吐く。
 極力見ないようにしていたのに。それでもいずれ、手をつけなくてはならないことは、重々承知していたのだが。

 書類仕事は苦手だ。
 現役の頃でさえ、報告書類の作成にはやたらと時間がかかってしまった。書けない、というよりも、(面倒で)書きたくない、というのが正直な理由で。

 だがもはや、作成する立場ではなく、作成された書類を精査する役目。
 逃げ場なし。

 完全に集中力が途絶えた。
 あーあー、と誰に言うでもないやるせなさをぼやかせながら、首を後ろに反らせる。 

 分不相応だな、と思う。
 やはり自分には、里の駒のひとつとして動くほうが、性に合っている。
 
 責任逃れをするつもりはない。
 かつての教え子にこの椅子を譲るまでの、わずかな間だけだ。

(ていうか、俺だってこんなんなのに、あいつにこんな退屈な仕事できんのかね…)

 能天気な笑顔を思い浮かべ、思わず苦笑する。

 六代目火影就任時、なんで俺じゃないんだってばよー!とぎゃんぎゃんわめかれたのを思い出す。
 当たり前だろ、おまえ下忍だし、とぴしゃりと突き放せば押し黙ってうううと唇を噛んでいたのがなんともかわいらしく見えてしまった。出逢った頃から随分と成長しても、そういうところはちっとも変わっていないのだな、と嬉しくもあり。

 尊敬する師の息子として。だがもはやその想いをも超え、彼自身にかける想いは、計り知れない。
 いずれは、彼に。
 尊敬する師、いや彼の偉大な父親と同じこの椅子に座らせ、里の未来を預けたい。
 そのためなれば、彼に繋げるための地盤を、育て守り抜くのは、やはり自分の使命なのだと思っている。

 のだが。
 やはりデスクワークは、面倒に違いなかった。

「あーあ」
「何ぼけーっとため息なんかついてるのよカカシ先生」

 無遠慮な声に、思わず居住まいを正す。
 見知った姿と慣れた気配に安堵したにも関わらず。

 なにやらまた死刑宣告のように書類の山を抱えてやってきたのは、かつての教え子であり、それからも共に隊列を組み、戦った仲間である、サクラ。
 おそらく気配を消してなどいなかったろうに、呆けていたからか気付かなかった。だがおそらくそれは、安心する気配だから。

「そんな気の抜けた姿、若い忍が見たらがっかりしちゃうわよ? しっかりしてよね、火影なんだから」

 すみません…と一回り年下のくのいちに、頭が上がらない。
 だが、思慮深そうに装っている、だけだ。気の置けない存在。
 サクラの存在はいつでも、その場を和ませる。どれほどのお叱りの言葉が降ってこようとも。

 なんだか心地よくなり、沈みがちだった心も晴れた。
 軽口のひとつでも叩いてやろうと口を開きかけたとき、あ、と小さくつぶやくのに気付く。

「…あ、また…。すみません、六代目」

 つい、先生って出ちゃうのよ。申し訳なさげに、頭を下げられた。
 その「すみません」は、明らかに自分が先ほどこぼした、きちんと思っていない態度だけのそれとは違っていて。

 浮き上がった気持ちが、一気にしおれていく。
 心地よいと思っていたのは、自分だけだったのか。
 いつでもそばにありつづけると思った存在は、いつのまにか、自分から遠く離れてしまっていた。

(昔みたいに、カカシ先生って呼んでよ)

 思っても、それを、伝えられずに。
 悲しげに微笑んで、飲み込むので、精一杯だった。
(2014.02.01)