※現パロです。特に触れてませんが、高校教師カカシ先生と女子大生サクラちゃん。





『今日帰りに、いのと季節の新作ケーキ食べてきたの!すごくおいしかったから、今度はカカシ先生と一緒に_』

 軽快に今日のできごとを打ち進めていた指先は、一度止まってしまうともう二度とは続けられなかった。
 画面に表示された文字をすべて消して、『今日も一日お疲れ様でした!おやすみなさい』とだけ打ち込む。おやすみZzzマークの絵文字をささやかに添えて、送信。

 ものわかりのいい恋人の演じ方がすっかりと板についた。年下だし元教え子だしといろいろな障壁があるからこそ、引くところは引いて、いつか大っぴらに幸せになれるその日までの我慢だから。
 それでもわたしはやっぱり子どもで、ときどきわがままが溢れそうになって、ひとりの夜にうわっと声に出して、それからひどく重いため息をつく。
 
(しょうがないよ、)

 それでも好きなんだもの。選んだのはわたし。
 自分に言い聞かせて、じわりと滲む目じりには気付かないふり。
 完璧な彼だ。…いや細かいことはいろいろあるけれど、すべてチャラにできるくらいには、わたしには。
 なにより、とても大切に想われている実感もあるから、だからこそ、迷惑をかけたくない。

 上半身を支えていた肘を伸ばし、そのまま枕に突っ伏した。
 求めすぎてはいけない、現状でじゅうぶんだ。
 呪文のように唱えて、深く沈みこむ。

 すると、ブルブルとバイブ音が響いた。あとで開こう。きっとひとことおやすみと返してくれていることだろう。それだけでも嬉しいに変わりはないのだけど、いまは現実を思い知らされるような気がして少しだけつらい。だから、あとで。

 しかし呼び出しは止まない。
 訝しげにそれを手に取れば、画面に表示されているのは、いままさに思考のすべてを占めていた主からの電話の着信。
 慌てて飛び起きて、なぜだか正座になって、もしもし、と恐る恐る応える。

『ごめんな、もう寝ちゃってた? ちょっとだけ声聞かせて』

 心臓から脳天に届く激しい血流。すべての毛細血管まで行き渡り、体温が5℃くらい上昇してしまったと錯覚するような、一瞬。

(ずるい、ずるいずるい!)

 この数分、数秒間にわたしがどれだけの逡巡していたと思うの!?
 それをいともあっさりとたった数コールで飛び越えてくる!

「も…、乙女の睡眠時間奪う罪は重いんだからね!」

 救いがたいほどかわいくないことを言うわたしに、『かわいくないねー』と返される。
 まったくそのとおりです返す言葉もございません。本当に最悪だ。
 それでも電話越しの声は心なしか弾んでいる気がして、つられるように唇の両端が上がっていくのを止められない。

 今度、いつ会えるんだったっけ。はやく会いたいな。会ったら会ったでかわいくないわたしは、どうせ大人っぽさと履き違えたそっけない態度を取ってしまうに違いないけど!





















 机の端に置いていた携帯電話が振動を刻む。書類を進める手を止め何の気なしに時計を見てみれば、年下の恋人の笑顔がすんなり脳裏に浮かんで、思わず顔も綻ぶ。

 毎夜日が変わるか変わらないかくらいの時間帯に、決まって着信が入る。
 きっとアレコレ言いたいだろうに、こちらを慮ってか、その内容はごく控えめだ。
 確かにメールはあまり得意ではないと告げたけれど、女の子にこんな業務的なやり取りを強いてしまっていることが心苦しい。

 どうにもはじまりが教師と生徒だったからか、気を遣いすぎているきらいがある。
 きちんと形になったのは彼女が卒業してからのことだったけれど、やはり周囲の目が気にならないと言ってはうそになる。だいぶ開いた歳の差もあるし。
 だからと言ってどこにも出歩かないわけではないし、それなりに健全?な交際を重ねているつもりだが、年頃の女の子が誰にもこの関係を口に出せずにひとりで抱え込んでいるのだと思うと、いたたまれない気持ちになる。
 ましてや聡い子だ。それは教え子だったころから。人一倍察しの良い彼女だったからこそ、こちらのことをいろいろ気にしすぎて、我慢していることも多いのだろう。
 それはたとえ、我慢しなくていいと告げたところで、抱え込まずにはいられないのだ。

 メールを開いてみれば、案の定。ささやかな絵文字が、これは業務連絡ではないということを教えてくれる。

(おやすみなさいなんて言って、どうせすぐ眠れないくせに)

 きっとこんな短い文章も、散々悩んで送ってきているのだ。いじらしい。
 思わず苦笑が漏れる。たったひとことの返信を作りかけ、送ることはせずメールを閉じた。
 代わりに、発信履歴から見慣れた番号へリダイヤル。

 絶対に起きている確信はあったが、呼び出し音の回数だけ思い悩ませてしまっているのかと思うと情けない気持ちになる。
 どうしたらもう少し、軽くしてあげられるのだろう。

 ようやく止んだ呼び出し音に続いて、伺うようなもしもしの声。

「ごめんな、もう寝ちゃってた? ちょっとだけ声聞かせて」

 息をものすごく吸い込む音だけが聞こえて、思わず声に出して笑いそうになる。
 嬉しいと思ってくれているんだ。おごりではなく、はっきりとそう確信した。

『も…、乙女の睡眠時間奪う罪は重いんだからね!』

 たとえどれほどかわいくない文句を告げられようが、全部裏目に出ている。
 かわいくないね、と返しつつも、口元が緩んでしまう。電話でよかった。

 彼女の気がかりをすぐにすべて無くしてやることは難しいけれど、その代わりに楽しく過ごせる時間を少しでも多く重ねていきたい。
 ひとりの夜でも、楽しかった時間を思い返して、さみしい気持ちばかりに襲われないよう。

 週末は立て込んでいたから、会う予定ではなかったけれど、誘ってみようか。
 ひょっとしたらまた、『年頃の乙女に当たり前に日曜に会えると思ってるなんて図々しいわよ』、くらいの嫌味を言われてしまいそうな気もするが。
 それでもきっと、電話越しでは、電話越しなのに、にやけた表情を必死にごまかしているに違いない。



(20141022)