※700話ベースの、こんなこともあったんじゃないか妄想です
 サラダちゃん誕生後、しばらくしてからのサクラちゃん+カカシ先生。

・火影は六代目
・さすさくは授かり婚イメージ
・うちは地区整備中、いまのところ無人

前向きな話のつもりなのですが、幸せムードに水を差すような内容となっております。ご了承ください。








 ようやく腕に抱いた幼子が眠ってくれた。
 今日は少し手こずってしまった。お願いよ、泣き止んで、何度も何度も繰り返しながら、、ゆりかごのように体を揺らし続けて、ようやく落ち着いた。
 開け放った窓から入ってくる柔らかな風が、やさしく産毛を揺らすのを見て、思わず安堵のため息を漏らす。
 庭に面したこの座敷は日当たりがよくとても明るかったが、対してわたしの心は少しだけ影を落としていた。

(つかれた、…なぁ)

 誰も聞く者はいないけれど、声には出さずに心のうちにとどめる。
 すやすやと寝息を立てるこの子に、決して伝わらないよう。
 わたししかいないのだから。

 よし、と小さく気合を入れて、寝かせなおそうとベビーベッドの元へ向かおうとしたとき。 

「よ!」
「カカ…、六代目!」
「はは、いいよ。カカシ先生で」

 塀越しにあまりにも気さくに手を上げているのは、六代目火影であり、最初の師であるカカシ先生だった。
 彼が里長となってからも、仕事で顔を合わせることはたびたびあったものの、こうして家までやってくるなどということはさすがになく、驚く。
 特に産休中で、ひとと接する機会も格段に減ってしまった今、なおさら。

「どうしたんですか、急に」
「ん! ちょっと近くに用事があったから、ついでにね」

 特に付き人もいる様子ではなく、本当に個人的な用事だったのか、あるいは。
 かつて隔離されていたうちは地区に身を寄せるようになった今、それでもこのひとならば、この近くになにかの用事があることもなくはないのだろう。
 縁側のサンダルにつま先を突っ込んで、慌てて門扉を開いて迎え入れれば、どうもーとのんびりと入ってくる。その姿に、かつて共に雑用のような任務をこなしていたころ、時間よりだいぶ遅れてもなおのんびりとやってきた様子を思い出し、懐かしさを覚えた。

「大きくなったなー」
「産まれたとき以来だもんね、先生」

 愛娘を覗き込んだ先生が、目じりにしわをつくり、笑う。
 こんな幸せそうな顔を向けられると、こちらまで嬉しくなってしまう。

「すっかりお母さんしてるな」
「任せといてよ」
「さっきまでものすごい泣いてたみたいだったけど」

 響き渡ってたよ、そう言われて思わず閉口する。
 地区一体いまはまだ誰もおらず、迷惑をかけることはないけれど、遮る生活音がないのだから、カカシ先生がどこにいたかはわからないが、さぞクリアに届いたことだろうと思う。

「お母さんが泣きそうな顔してるから泣いちゃったのかもなぁ」
「…先生、いつから見てたの」
「内緒」

 少しバツの悪い想いも感じながら、なおも愛おしげにわが子を見つめる先生に、いまここにはいないこの子の父親の姿を重ねてしまう。
 こんなふうに、寄り添って欲しい、いつでも。心はつながっていても、ときどき不安を感じてしまうことは否定しきれない。

 旅立ってから、ひと月あまり経ったろうか。乳飲み子を名残惜しそうに撫でながら、何度も何度もすまないと繰り返す背中を、だいじょうぶだからと見送った。
 はじめての母親業、不慣れな土地。
 漏れ出すさびしさを閉じ込めるように、つとめて明るく装う。

「もう、そんなに見られたら減っちゃうわ! いくら教え子の子どもがかわいいからって」
「んー、俺からしたら孫みたいなもんだしなぁ、やっぱりかわいいよ」
「…先生、おじいちゃんみたい…」

 呆れたように言っても、微笑をたたえた表情は崩さなかった。
 しかしこちらとしても、子どもの頃からそばで見守ってくれていた先生にそんなふうに思ってもらえるのはとても嬉しく、つられて微笑む。

「教え子の子どももかわいいけど、がんばってお母さんしてる教え子はもっとかわいいよ」

 ああ。
 そのひとことで、察してしまった。
 今日たったひとりここにきた理由。
 
「だいじょうぶよ、カカシ先生」

 先ほどの微笑みをもう一度貼り付けなおして。
 先生にも、自分にも言い聞かせるように。

 昔のように、心もからだも離れ離れになってしまったわけじゃない。
 彼は彼のやりかたで、里を、わたしたちを、守ってくれている。
 だから大丈夫だ、なにがあっても。
 なにより腕の中で眠るこの子が、愛情の証。この子の存在が、なによりも力強い。
 
 我ながらじょうずに伝えられたかな、と思っていたのに、反して先ほどまで柔らかな表情を浮かべていたカカシ先生が、わずかに悲しげなものに変わっていた。

「俺には強がるな」

 ぽん、と。
 昔のように頭に手のひらを載せられた。あたたかくて、大きくて、安心する手。何度もわたしたちを守ってくれた、手。
 その重みを感じた瞬間、言葉の代わりにぽろぽろとあふれ出してくる、涙。
 先生はいつでも、わたしのことを見守ってくれている。里長となったいまでも、変わらずに。


 彼との子を授かったと知ったときの感動を、今でもはっきりと覚えている。
 はじめてこの腕に抱いたときの重みも。
 彼が危なっかしい手つきで赤子を抱き上げ、ありがとうとかすれる声でつぶやいたときのことも。
 ひたすらに祝福が降り注いだ瞬間。
 喜びにうち震え、涙があふれた。この先もずっとずっと、守り続けると心に決めた瞬間。


 しかし一方で、世間の視線はあたたかいものばかりではなかった。

 彼は罪人だ。
 どれほど仲間たちの援護があったところで、その事実は決して変わらない。

 彼のしたことで傷付いたひとたちがいる。その声を、決して無視はできない。
 彼はそんな声に一生向き合って生きていかなければならない人であるし、その覚悟もある。

 そんな覚悟を持った彼を、まるごと包み込んであげたいと思った。
 突き放されても突き放されても、もっともっと深い愛情を持って。
 俺といて幸せか。彼にそう問われたとき、なんの、迷いも無く幸せよと答えた。
 大好きなひとのそばにいられるのだ、一体なんの迷いがあるというの。

 だから彼に向けられる非難は、わたしも等しく受け止めた。
 結婚と妊娠の報告をしたときの、父と母が浮かべた少し複雑な表情が、これまで以上に覚悟を持って生きることへの決心を、揺ぎ無いものにした。
 彼を支えて寄り添い続けること、彼の帰る場所を守り続けること。

「おまえが強いのは知ってるよ。でも、強がりなのも知ってる」
 
 いっぺんにこみあげてきたこれまでの想いは、言葉には変えられなかった。
 先生の手のひらの温度が、やさしい言葉が、改めてぐさりと胸を刺す。

 そうだ、ただの強がりだ。
 本当はいつだってそばにいてほしい。子どもの成長を毎日毎日見逃さないで欲しい。
 わたしを、支えて欲しい。

「…ずるいわ先生」
「俺からすれば、ひとりぼっちで抱え込んでるおまえのほうがよっぽどずるいよ」

 とめどなく零れ落ちる涙を、愛娘を起こさぬよう気を遣いながら、片手でぬぐいきるのは難しかった。
 もっと頼ってくれ。俺を、みんなを。
 そんな先生の想いが、手のひらから伝わってくる気がした。

「うちは地区居住の申請があったとき、本当は止めようとしたよ。…でも、あいつの一族復興の夢もあるし、許可は出したけど」
「…すみません、ワガママ言って…。これから整備もしていかなきゃいけないところに」
「そうじゃないよ。見ていられないと思って。こんな誰もいないところで、ひとりっきりになるおまえを」

 非難の声に耐えられなくてとか、人目を避けてとか、世間にはあらぬ誤解も与えてしまったようだ。そんなことは好きに言わせておけばいい。
 彼が育った場所で、新しく家族をはじめること。彼にとってもつらい場所だろうに、それでもここからと願った彼の想いを支えたくて、転居を決めた。

 内心、ここでは誰の声も届かなくてほっとしていた。
 しかし同時に、言い知れぬさみしさも感じていた。
 この地区の外では、両親や友人たちがそれぞれの家庭を築いていて、それはたいした距離ではないはずなのに、ひどく遠く感じた。
 
「いろんな声はあるけど、さ。おまえの…、おまえたちのこと、支えたいって奴らもたくさんいるってこと、忘れるなよ。おまえが倒れたら、元も子もないぞ」」
「カカシ先生…、」

 強くなることは、弱さを認めること。誰の言葉だったか覚えていないが、すとんと胸に落ちてくる。

 12歳のわたしだって、そんなことは知っていた。
 なんの取り柄もない子どもだったから、だからこそ死ぬ気で努力したし、だからこそ成長することができた。
 そんな弱いわたしが、いまになってひとりきりで虚勢を張りつづけて、一体どこまで強くなることができるだろう。

 くしゃり、先生の手のひらが最後に頭をひと撫でして、ゆっくりと離れていく。
 おまえは聡い子だから。
 先生はいつでもそうやって、無力なわたしを励まし続けてくれた。
 もうだいじょうぶだな、わかったな。
 うん、と頷いて、もう一度涙を拭う。

 大切な家族や仲間たちだからこそ、迷惑をかけまいと、なるべく内にこもって暮らしていた。
 しかしきっとそれは大間違いで、かえって心配をかけさせてしまったのだろう。少なくとも、先ほどのカカシ先生の表情を見る限り。

 つらいときには、助けを呼べばいい。涙をこぼしてしまうまえに。
 弱いわたしでも、誰かの肩を借りてなら、立ち上がれることだってきっとある。

 いつまで経ってもカカシ先生は、カカシ先生だった。
 昔から驚かされるくらいわたしたちをよく見ていて、わたしたち自身より、よく気がついた。

「こんなにわたしのこと泣かせて、サスケくんが帰ってきたら言いつけてやるわ」
「嘘付け、アイツの顔見たらどうせ何も変わりはないって言っちゃうくせに」

 あまりにそのとおりで、ぎゅ、と唇を噛む。
 つくづく、わたしのことなどわかりきっているカカシ先生が憎たらしい。
 そして。

(ありがとう、カカシ先生…)

 心が折れそうになってしまうことは、これからも幾度と無くあるかもしれない。
 それでも僅かにでも、わたしを、わたしたち家族を心底わかっていてくれるひとがいるということ。
 わかっていたのに、遠ざけてしまっていたこと。
 改めて気付かされた。

 視線を落とせば、穏やかな表情で眠る何よりも愛おしいわが子。
 守っていくためには、なりふり構ってなどいられない。どうにもならないときは、助けを求めよう。頭を下げて、お願いしてみよう。
 今度彼が帰ってきたとき、なんの偽りもなく「何も変わりはない」と、伝えられるよう。
 抱く腕にそっと、力をこめなおした。
(20141111)