想いを詰め込んだバッグを持つ手に、つい力が入る。

 今朝、彼を見かけたのは、たまたまだ。今日の任務への集合場所へ向かう道すがら。
 どうせ任務で会うのだし、いくらでもチャンスはあると、焦ってはいなかった。
 彼を囲むくのいちたちの群れを見るまでは。
 
 自然とため息がこぼれるのを、止められなかった。






 任務終了後、カカシによる解散の号令が出るなり、サクラはまずカカシに声をかけた。

「はいカカシ先生」
「あー、ありがとー」

 いつもより少し大きめのバッグに詰め込んできた、包みのひとつを取り出して手渡す。

 百貨店の特設コーナーで購入した、紺色の包装紙にくるまれた小箱。中にはチョコレートトリュフ。
 甘いものは好きではないと聞いていたけど、浮かれたイベントに乗っかる女の子に付き合うのも男の努めだろう、と勝手に納得して結局チョコレート。

 てっきり、なにこれ?と聞き返されるとばかり思っていたから、すんなりありがとうと受け取られて少し面食らった。
 希望通り彼は、男の努めをあっさりと果たした。
 
「どうせ先生なんて誰からももらえないんでしょー?」
「あははー、でもサクラから貰えたからじゅーぶんよ」

 こんな軽口を叩いてはいるが、朝からきっと何個も受け取っているのだろう。でなければ、日付の感覚もろくに無さそうなこの上忍が、疑いなく受け取るはずがない。
 なんだか変な悔しさを感じてしまった。
 
 それでもありがとね、と頭をぽんぽんと撫でられれば、ある意味では彼がこんな扱いをするは自分に対してだけだったのかなと思えて、優越感に浸る。たとえ子ども扱いだとしても、担当する班の女の子というだけで、特別なのだ。


 するとその一連の様子をそばで眺めていたナルトがすかさずやってきた。

「あのー、サクラちゃん? オレには、オレには??」
「あーもううるっさいわねー」

 包みをべち!とナルトの顔に押し当ててやる。
 それはやはり特設コーナーで購入したもの。なんでも喜んで食べそうなナルトは、最初から悩まずとにかく大きいの!と選んだハート型の板チョコレート。
 乱暴すぎたかな、とほんの少しだけ後悔して表情を伺えば、みるみる綻んでいく表情。

 やぁったぁぁぁぁぁぁぁぁ!と声を上げ飛び上がって喜ぶ様は、まるでなにかで優勝したかのようで、かえってサクラが恥ずかしくなる。
 本当にそれ自体は、たいしたことのない普通のチョコレートなのに。

「もーナルト! アンタいちいち大げさすぎるのよ!」
「だって、サクラちゃんからっ…、サクラちゃんからっ…!!」
「ちょっ…、何泣いてんのよー!」

 これまで誰からも貰ったことがないナルトが、初めて受け取るチョコレート。それも、大好きな女の子から!!
 ふるふると震えるこれは喜びで。こぼれる涙は嬉しくて!

「オレってば…、今日を記念して、2月14日をバレンタイン記念日にするってばよー!」
「いやそもそも2月14日がバレンタインデーだから」

 興奮のあまりバレンタインを履き違えた発言をし出すナルトには、カカシからの冷静なツッコミが入れられた。

(こんなに喜んでもらえるなら、がんばってみんなに手作りにすれば良かったな)

 思わずつられて笑ってしまう。
 来年はがんばってみよう。もっと喜んでもらえるかもしれない。

 ホワイトデーには3倍返しだからね!とひとしきり盛り上がっていたところで、明らかに輪に入れずに背中を向けたままの存在がひとり…。
 喜びのあまり本当に気付いていなかったナルトに、わかってはいたけれど声をかけづらかったサクラと、気付いていながら敢えて無視をしていたカカシ。
 助け舟を出したのは、カカシだった。

「あれ、サスケ珍しいな。いつもならさっさと帰るくせに」

 カカシの言葉は明らかにわざとらしかった。
 しかしそれに反応するサスケは、もっと明らかに動揺して肩を震わせていた。

「あ…あのさ、サクラちゃん」

 察したらしいナルトが、先ほどサクラから渡されたチョコレートの包みをおずおずと顔の近くまで引き寄せ、上目遣いで心配そうに見つめてくる。
 だいじょーぶ、あるから、とーぜん、ほんきのやつが。

 ナルトに微笑みかけると、サクラはゆっくりと、サスケの元へと近づく。


「サスケくん…、は、朝からたくさんもらってたから…ちょっと、迷惑かなって思ってたんだけど…」

 肩越しに、ちらりと視線がかち合う。
 表情は読みづらいけれど、たぶん、これは、きっと、待っていてくれたのだ。

 バッグから最後の包みを取り出す。
 ひょっとしたら、カカシから何か言われたのかもしれない。チームワーク云々なんて説教じみたことでも言われでもして。
 
 だとしたら少しだけ、ほんの少しだけ、助かると思ってしまった自分が情けない。
 今までのように好意を押し売りをすることが、最近ではできなくなってしまった。
 同じ班になり、同じ時間を過ごしていくからこそ、これまで見えていなかった部分も見え始め、少しずつ変な遠慮をするようになってしまっていたからだ。
 今朝だって、群がるくのいちなんか気にせず、サスケくぅーん!と声をかけることだって、かつての自分ならできたはずだったのだ。
 迷惑だなんて。思わなかったかもしれない。

 でも、ここはもう、こうなったら。
 サスケがその高そうなプライドを不自然に曲げてまで、待っていてくれたのなら。
 今ばかりは、少しだけ、かつての自分を取り戻さなくては。
 ごくり、と唾を飲み込む。 

「でも、ごめんね。わたしのも、受け取ってもらえる、かな…?」

 薄紅色のラッピング材に包まれているのは、夕べ四苦八苦しながら焼いたブラウニー。
 失敗知らず!なんて言葉を信じて挑戦した自分を恨みたくなった。
 例の特設コーナーで、高級チョコレートを選んでおくべきだったと後悔もした。
 調理時間15分(焼き時間含まず)なんて大嘘だった。軽く3,4時間はかかったおかげで寝不足だ。
 更に言うなら、取り立てておいしい!!というわけでもないのが、泣けてくる。

 それでも、努力の結果を渡したいとも思った。
 やっぱり自分のなかで留めていた気持ちは、どこかで吐き出すタイミングをうかがっていたようだ。
 そしてそれは、こんなときくらいしか。

 なんとなく顔を見れずに、包みを両手で差し出したまま目をそらしていた。
 さすがに受け取ってもらえないなんてことはここまできたらないだろうが、それでも緊張した。

 だからこそ、か細い声で「ありがとう」と告げられながら包みを受け取ってもらえたときは、心底嬉しくて!
 耳まで真っ赤になるのを感じながら、唇の両端が上がってしまうのを、両手で頬を覆い、必死に隠していた。
 
 


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(おせーよ)

 それはまるで照れ隠しのように。
 言葉に出していないのだから、そんなことをする必要はないのに。
 それでも言い訳のように、頭の中でつぶやく。
 そもそも遅いってなんだ。待ってたみたいじゃないか、まるで。
 あるいは自分よりも先にカカシやナルトの元へ行ったから?
 どうして、俺が。

 耳まで赤く染めながら、満面の笑みを向けてくるサクラを見つめながら、サスケは不思議な気分になった。
 なんでおまえのほうがうれしそーな顔してんだよ。
 貰ったのは、俺なのに。

 この妙な気持ちの落としどころを考えあぐねていると、すっかりとしたり顔のナルトが近寄ってくる。
 先ほどふたりがサクラから受け取った包みを、わざとらしく横に並べて。

「へへーん、お前のよりオレのほうがおっきいもんねー!」
「ばかねナルト、大きいから本命とは限らないわよ」
「えっ! ていうことはサクラ、もしかしておれのこと…」
「カカシ先生、きもい」
「!!! き、きもいは言いすぎだよサクラちゃーん…先生傷ついた…」
「カカシ先生、いまのは冗談にしても厳しかったってばよ」

 赤く染まっていたサクラの顔も、すっかりといつもの白い肌に戻っていた。
 いつもどおりの光景。いつものように笑うサクラ。

 ほんの少しだけ、寂しさを覚えたのは、気のせいだったろうか。


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 そしてそんな微妙な表情を浮かべるサスケを見下ろしながら、カカシはふと思う。
 どうやら彼は貰えるものは基本的には拒まないらしいが、自ら率先して手を出すそぶりは見られなかった。
 そんなサスケが。解散の号令後に不自然に背中を向けてサクラの様子を伺っていたのは。

(サクラのチョコだけは、自分から貰うのね)

 素直じゃないなー、と、苦笑しながら。
 なんだか可愛らしいと思ってしまう、親心に近いものを感じていた。



(20140214/Merry Valentine!!)
文章力が足らないおかげで、まさかの三人分称というパターン。