正月以降、ぱったりと顔を合わせなくなった。
 理由は明らか過ぎるほど、明らかだ。

 次会うとき、一体どんな顔して会えばいいのか。散々悩まされたあの晩から、ひと月ほど。
 ときどき思い返しては急に恥ずかしくなったりして。それでもいまだに、結論など出ていない。

 だからこそ、今のこの状況は、あまりにもピンチだ。

 







(…なんだいまの顔!!!!!)

 赤くなるのはカカシのほうだった。
 こんな顔、見られるわけにはいかない。
 再び顔をこたつに突っ伏す。

 部下に対する感情ではない。これは。
 危険だ。

 いとおしい。

 こんなふうに想う心が、まだ自分の中に残っていたのかと、驚く。
 が、認めてしまえば歯止めが効かなくなる。

 彼女は女の子である前に、部下。そして教え子!!自分はその先生!!!理性よ働け!!!

 へたなことは言えない。
 だからこそ、ここでできうる最後の手段は、狸寝入りだった。





「…先生?」

 なんだかものすごい提案をされて、放心してしまった。
 それからどれくらいの時間の経過があったかはわからないが、こたつに突っ伏す背中は、また寝息を立て始めた。

 たぶん、だが。
 寝たふりをしているのは、なんとなくわかった。

「寝ちゃった…?」

 寝ぼけたふりにしたいのだろう、きっと。
 ならば、のってあげよう。少なくとも、自分の中でも、まだ気持ちの整理がついていないうちは。

 カカシを起こさぬよう、来客用のふとんをこたつの横に用意した。
 使うかどうかは、わからないけれど。

 おかしいな。
 求めていたはずなのに、こういう展開を。
 今朝の話だ。さみしい夜に、と思い浮かべたまさにその相手。その相手が、寝ぼけながらだとしても、本当にその提案を持ちかけてきてくれたのに。
 いざ、目の当たりにすると。

「…心の準備が、」

 は、と口を押さえる。ついつい声に出てしまった。無意識に。
 電気毛布をもう一度カカシの肩からかけなおすと、名残惜しげに肩から手を離す。
 いつか、時が来たら。
 きちんと、応えるから。

「おやすみなさい、カカシ先生。風邪ひかないでね」

 ゆっくりと背を向け、サクラは寝室へと向かった。




「…準備できたら、いいのかよ…?」

 カカシの情けないつぶやきは、誰に聞かれることもなかった。

 

 






 そういえば先生の起きる時間聞き忘れた、と気付いたときにはもう朝だった。
 取り立てて用事もないのと、昨晩の動揺があって、目覚まし時計をセットし忘れていた。

 時刻は8時。

 おそるおそる扉を開けると、すでにカカシはいなかった。
 昨日用意した布団は、きちんとたたまれて。

「…なによ、起きれるんじゃない」

 ふとんの山に、倒れこんだ。電気毛布はスイッチを切られてだいぶ経つのか、もう暖かくない。
 のに。

「先生のにおいがする」

 気のせいかもしれない。そう、思いたいだけかも。
 でも、確かにいたのだ。夕べ、カカシが、この部屋に。

 そう思うだけで、恥ずかしさやらうれしさやらがこみあげてきて、思わずきゃー!と悲鳴をあげた。








(どんな顔して会えばいーんだよ…)
(どんな顔して会えばいーのよ…?)

 廊下の突き当りへ向けて歩む足取りはあまりにもゆっくりだ。
 お互い、この角の向こうに、いるのは気付いている。
 気配を消すのが遅れてしまって、もはや言い逃れはできない。
(20140125)