ふたたびの大晦日 (昼) / (夜)
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年の瀬に、にわかに活気付いた商店街。
そんな世間のペースに特に着いていくでもなく、のんびりと歩いていると、カカシ先生!と背後から声を掛けられた。
「ねえ、今年もうちに来る?」
大きな荷物を両手からぶら下げて、自分を呼び止めたのはサクラだった。
しかし藪から棒な問いかけに対するこたえには、なんの心当たりもなかった。
と思ったのは一瞬で、今日が12月31日で、つまり今年の最後で、であれば指し示すのは今日一日のことであるなら、と考え至ったところで、すべてを思い出した。
「…いつから当たり前のように俺たちは一緒に年を越すようになったわけ?」
ごく自然な手つきで、サクラの両手から重たそうなビニール袋をそっと奪い取る。
覗き込むでもなく見えてしまった中身は、洗濯洗剤やら食器用やら、またしてもどうしてこんな年の瀬ぎりぎりに慌てて買い込むんだ、といったようなものばかりだった。
「先生、言ってることとやってることがちぐはぐよ」
「いや、やっぱり一度は遠慮しておかないとと思って」
「なに言ってるのよ、いまさら」
くすくすと笑う姿には、遠慮は見られない。
サクラが自分に対して遠慮がないのはそれこそ一年前と同じなのに、漂う空気は明らかに違っていた。
「いつからかわからないなら、自分の胸に手をあてて聞いてみたら?」
はじめは両手に分けて持っていたふたつのビニール袋を、右手に揃える。
空いた左手は胸にあてるでもなく、やはりごく自然な手つきで、サクラの右手をとらえた。
「今夜も冷え込むから、一緒に寝てくれる? 一人寝は寂しくて」
「どうしよっかなぁ、どきどきしちゃって眠れない」
「…何言ってるの、いまさら」
しおらしく尋ねてみれば、返ってきたのは棒読みの返事。
しかし浮かべていたのは余裕な笑みで、こちらを見上げてくるその強気な瞳も、明らかに一年前とは違っていた。
なんだかおかしくなって、ふたり同時に噴き出した。
何の確認もせず歩き出した先は、もちろん。
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贔屓の蕎麦屋で貰ってきた出汁つゆで食べた蕎麦は、とてもおいしかった。
それから、先日同僚のひとりから頂いたみかんを思い出したように取り出した。田舎から大量に送られてきたのだと、みんなに配ってまわっていたものだ。
テレビは紅白。しかしちゃんと見るでもなく、ただただにぎやかな画面を眺めながら、とりとめのない話を続ける。こたつに足を突っ込んで。
「なんだか去年とおんなじことしてる」
みかんを剥きながらふと昨年の静かな年越しを思い出し、ふとつぶやいた。
シチュエーションもしていることも、ここにいるふたりも、一年前とおもしろいくらいに変わり映えしなかったからだ。
すると、こたつのなかで伸ばしていた足の先に、ちょっかいを出してくるつま先があった。
「去年はこんなことしてないよ」
先生の大きな足がすりすりと足の甲に摺り寄ってきた。
かと思えば、大きく指を開いて、なんだかわざとらしくこちらに絡み付いてくる。
特に表情も変えずに、呑気にみかんをひと房、口の中に放りながら。
「そうね、先生は紳士的だったわ」
「過去形に意図を感じるね」
「そんなことないわ、生娘にいきなり共寝を申し込んできたあたり、そもそも去年だって紳士的と言えたかどうかは甚だ疑問だわ」
「ごめんなさい」
しょうがないじゃないか、寝ぼけてたんだから…と言い訳めいたことをこぼしながらこたつにつっぷしたと同時に、自由に遊ばせていた足からもだらりと力を抜いてしまった。
だらしないわね、とそのふくらはぎをつんと突いてやった。
でも。
いまこうして、一年前と代わり映えのしない大晦日を過ごせているのは、間違いなく先生の寝ぼけた一言がきっかけだったろう。
下心はあったけれど、均衡を壊すだけの勇気も無かった。そもそも先生がどう思っているかなんて考えるのも恐ろしかったあの日。
それからいろいろあったけれど、それでもこうしていまを共に過ごせることが、ただただ嬉しかった。
「先生」
つん、とふくらはぎをもうひと突き。
「ありがとう」
「どうしたの急に」
「なんとなく」
急にこみ上げてきた喜びを伝えずにはいられなかったのだが、それを説明してあげられるほどの優しさはなかった。ただの自己満足だ。
あごをつけたままこちらを不思議そうに見上げていた先生がのそりと起き上がる。
「サクラ、」
こっちおいで、と先生が自分の膝を指し示していた。
なにもみかんを食べている途中に…と思いつつも、暖房を効かせた部屋でもどこか寒さを感じていた背中を暖めてもらえるのではという期待に、あっさりと立ち上がり、そのままするりとすべりこむ。
すぐさまぎゅう、とうしろから密着してくる体温は、期待していたとおりの暖かさで包み込んでくれた。
「ああだめ、あったかくて眠くなってきちゃう…」
「いいじゃない、別に。眠っちゃえば」
「でも、年越し…」
「もう夜明け前に帰ったりしないよ」
心なしか、覆いかぶさってくるその重みによって、いっそう眠りの淵へと沈められていく気がする。
一年前と、変わり映えのしない年越し。でも、がらりと変わったのは、わたしたち。
「…来年は、ちゃんと起きてゆく年くる年まで見るんだから…、」
語尾まできちんと声を出せていた気がしなかった。
まぶたを上げていることを、とうとうあきらめてしまった。
「来年も、一緒にいてくれるんだ?」
かすかに頭の上から、そんなか細い声が聞こえた。
どんな顔してそんなこと言うのかしら、とっても気になるけれど、こういう肝心なときの先生の表情は、いつだって見せてもらえていない気がする。
だけれど振り返りたい気持ちを制されるように、背中からまわされた腕にぎゅうと力が入るのを感じた。
ばかね。
来年も、再来年も、そのさきもずっと、これから何十回もやってくる瞬間を、迎えるそのときはいつだってあなたと。
(20141231)