※イメージ的には2部スタート直後。時系列は無視してますごめんなさい…



 久し振りの演習だからと張り切ったカカシにこってりとしぼられ、終了の声がかけられると同時に、ナルトとサクラがその場にへたりこむ。
 大の字に倒れこんだナルトが胸を大きく上下させ、彼らしからぬ低い声で疲れた…と静かに呟くのを聞き、そばでしゃがみこんでいたサクラもたまらず尻もちをついた。

「まったく若いのにだらしないねーお前ら」
「カカシ先生…最初から写輪眼全開はエグいってばよ…」
「そうよ…いままでわたしたちに放ったらかしにされてさみしかったからって…!」

 カカシの嫌味は嫌味で返されてしまった。すっかり威厳がなくなってきた…と肩を落とすも、呼吸を整えるのに必死なふたりの教え子は視線を寄越そうともしない。

「またまた、わかってるよ。先生の愛情が深すぎて涙が出そうになるのをこらえてるんだろ?」
「「全ッ然!!」」

 かわいくない…とひとりごちるカカシを尻目に、妙に息ピッタリな返しをしたことにナルトとサクラが顔を見合わせ笑い合う。
 この三年間、互いの修行に明け暮れ顔も合わせなかったはずなのに、そんなブランクを感じさせない息の合い方。
 それぞれの道へ進む前の、僅かな下忍時代に培ったチームワークからか。
 あるいは、離れていても、同じ目的を目指して進んでいたからか。

 少しだけさびしさが胸を覆う。いいやいつか、きっと、こんな気持ちさえ、笑い話に変えてしまえるよう、今はただ、前を向いて突き進むだけだ。
 ふう、と息を吐ききって、ぶれない覚悟を決めなおしたところで、同じように放心状態だったサクラがたいへん!と急に慌てだす。

「ちょっとナルト、こんなところでいつまでも寝てないで、帰るわよ!急いで行かなきゃ」
「えっ!?なになに!? サクラちゃん、俺とデートしてくれんのっ!?」
「んなわけあるか、ばか!」

 湧き上がった期待の反動だけで、思わず上半身を起き上がらせたのもつかの間、非情なまでのサクラの一言にデスヨネー…と再び背中を地面につける。

「みんな待ってるんだから」
「…? みんな? 今日、なんかあったっけ?」

 今日は朝からのこの演習以外、取り立てて予定などなかったはずだ。
 帰りに一楽でラーメンを食べよう、あわよくばサクラとふたりで、だめならカカシごと抱き込んで。
 今夜はなんとなくひとりで過ごしたくない、と朝からぼんやりと考えていた。

(…なんでだっけ?)

 しかしそんなモヤモヤとした気持ちもさっぱりと忘れてしまうくらい、今日のしごきはきつかったのだ。

「あーああ、ナルトかわいそう…今日の演習がつらすぎて自分の誕生日まで忘れちゃったじゃない…!カカシ先生ってば容赦なさすぎなのよ」
「なに言ってるのサクラ、誕生日だからって敵が情けをかけてくれるなんてことないでしょーよ」

 それはそうだけど空気を読みなさいよ!と、さらにカカシを叱咤するサクラに視線だけ向けながら、他人事のようにふたりのやりとりを聞いていた。
 ふと、引っかかったキーワードを、ぽつりつぶやいてみる。

「…誕生日」

 自分の口からするりとこぼれた言葉を耳にしてはじめて、ああ!と合点した。
 知っているはずなのに、ずっと答えが思い出せずに唸っていた問題の答えを聞かされたときのような、すっきりとしたような、ほんの少し残念なような、そんな複雑な気持ち。

 朝眺めたカレンダーのビジョンが浮かんでくる。今年のそれを壁にかけるまえ、赤くマルをつけた、10月10日。それが今日。

「そうだーーー!俺ってば今日誕生日だったってばよーーー!!!だから今日はサクラちゃんとデートするって決めてたのにーーー!!」

 頭を抱えてゴロゴロとその場を転げまわるナルトは、いつのまにやらカカシとの口論を止めていたサクラから落ち着きなさいよ!としっぺを喰らう。
 しかし、気付いてしまったからには、もはや落ち着いてなどいられない。だいぶ遅くなってしまったが、それでもまだ、誕生日は終わっていないのだから。
 再び勢いよく飛び上がり、驚いた瞳を向けてくるサクラをまっすぐに見据えて。
 
「サクラちゃんっ、一生のお願い! 今日は俺とふたりで一楽行ってくれってばよ!」

 高望みなんてしない。ただ、大好きな女の子と大好きなラーメンを食べられたら。
 しかしそんなつつましい願いもむなしく、サクラは少し困った表情を浮かべ応えあぐねている。

「ふ、ふたりきりがだめならっ、カカシ先生もオマケでつけるからっ!」
「オイ、俺はオマケ扱いか」

 今度はカカシからしっぺを喰らったが、動じはしない。
 ラーメンなんてこれまでだって何度も行っているというのに!なんでだ!
 なかなか返事をもらえないことに少しだけ苛立ち、サクラににじり寄り両手を合わせて請願する。

「サクラちゃんっ、今日だけっ!」
「アンタが誕生日にわたしと過ごしたいって思ってくれたのは嬉しいけど…今日、は、だめ!」

 今日は、をやけに強調され、ただでさえ大きなダメージを食らっているところに、断られたショックが倍になってのしかかってくる。

(今日じゃないと、だめなのに)

 とうとう起き上がっても居られなくなり、もう一度天を仰ぐ。もういっそこのまま不貞寝してしまいたい気分だ。どうせ帰っても…なんて考えが脳裏を過ぎり、慌てて振り払う。今更だ。
 しかし物思いに耽ることすら許してもらえず、最後まで聞きなさいよね!としゃがみこんできたサクラに両手で頬を軽くはたかれた。

「アンタのこと、お祝いしようって、みんな待ってるんだから」

 
 はっと気付いてからは、あっという間だ。
 生きていることを忌まれたことは多くあれど、喜ばれることなど。

 熱い熱いものが、一瞬にしてからだじゅうに駆け巡る。
 言い表せないような激情に包み込まれ、ただただ飽和する。
 頭でも胸でも、もう、そこばかりではおさえきれないほどに。

 じわぁ、と滲み出す涙がこぼれ落ちないよう、両手でしっかりとフタをする。

「サクラちゃん…俺、行けないってば」
「あーのーね、主役が顔出さないでどうするの!」

 口調は容赦なかったが、声色が優しい。なにより、そっと腕に添えられた手のひらが、あたたかい。
 ひとりじゃない。 
 そう感じさせてくれるにはじゅうぶんだった。

 あれこれ言い訳を考えるも、口を開こうとするだけでこみ上げるものがあり、唇は真一文字にぎゅっとむすんだまま。
 しかしそんな様子ひとつで、それでも自分の心のうちなどバレてしまうのだから、やっぱり恐ろしい。
 たとえ3年間、顔も合わせなくても。

「覚悟しなさいよね、これからはこれがあたりまえになるのよ」

 来年も再来年も、そのさきもずっと。
 手のひらでゴシゴシと水分をごまかして、ようやく頷いてみせれば、視線の先のサクラとカカシが嬉しそうな顔で笑ってくれたから、つられて精一杯の泣き笑い顔を向けた。


(20141010)
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