「…サクラ」
「こんにちは」

 カカシの家を訪ねることを止めてから数ヶ月。
 シチュエーションはまるで前回と同じだ。ただカカシは留守だったが、それでもサクラはカカシ宅の前に座り込んで待ち構えていた。

「ごめんなさい、迷惑かなとは思ったんだけど」
「そんなこと…、ていうかどれくらい待ってたの?寒くない?上がる?」
「いっぺんにいろいろ聞かないで」

 くすくすと笑うサクラは以前と変わらぬ態度のように見えたが、一方でまったく違うようにも思えた。
 サクラがお尻をはたきながら立ち上がり、カカシを見上げた。向かい合うと、出会った頃に比べるとずいぶんとふたりの身長差は縮まったことがよくわかる。以前に比べれば、だいぶ顔が近い。

「先生、疲れてる?もしまた出かける元気がないならここでぱっと済ませるけど」
「いや、だったら…」

 上がる?と扉を指差すカカシに、サクラは首を振る。
 微笑みを浮かべてはいたが、その様子にどことなく真剣さを感じ取り、とりあえずその場から離れることにした。




「どうしたの? 久しぶりだね」
「うん、なんてことはないんだけど」

 どこか店のリクエストを問う前に、サクラのほうから甘味処を所望された。下忍時代、あるいはサスケもナルトも里を出て、医療忍術と言う道を順調に歩み始めたばかりのころ、たびたび一緒に入った店だった。 

「あ、それとも先生おなかすいてた?」
「んー、そうでもないよー」

 帰宅前は空腹を感じていたはずだが、サクラの顔を見て驚いてしまい、すっかりその気はなくなってしまったというのが実際だ。
 宵のうち、おやつというよりはむしろ夕飯の時刻であるため、甘味処にはほとんど客はいなかった。案内されるまま店の奥のほうの席へ座ると、サクラはメニューも見ずにあんみつをひとつとお茶を2杯頼んだ。

「先生もあんみつ食べたかった?」
「まさか。それより、何か用事があって来たんだろう?」
「あー…うん」

 急いでいるわけでもなかったが、なにせ数ヶ月もの間、遠目に顔を見ることすらなかったサクラの突然の訪問。むしろ避けられているかのようにすら思えていただけに、扉の前で姿を確認したときは本当に驚いたのだ。
 一体何事かと、カカシはサクラをじいと見つめる。
 
「ちょっと、任務に行くことになって」

 少し居心地が悪そうに目を伏せたサクラは、普段からは似つかわしくないつつましい様子で切り出した。

「ひとりで行くことになったから…、ちょっと活入れようかなって」
「俺に言うのが活になるわけ?」
「前にね、先生が長期任務に出る前、一度あたしに言ってくれたでしょう?なんだかそれ思い出して」

 そこまで言ってから、サクラははっとしたように顔を上げた。

「別にがんばれって言ってもらいたいんじゃなくてね。でも、他の誰に言うより、先生に言うのが、あたしにとっては一番効くかなぁって」

 どのような意図があってのことなのかははかりかねたが、それでもやはり自分を頼ってきてくれたことは素直に嬉しいとカカシは思った。
 事実上班は解体してしまったようなものだが、きっとサクラにとってはいまだに上司という位置づけではあるのだと思うと、それはとても喜ばしい。

 けれど。

「…難しい任務なのか?」

 中忍に昇格したサクラには、それなりの任務を割り当てられることもある。
 ひとりで、ということだから、さほど困難なものではないだろうとは思ったが、元上司としては心配に思う気持ちも少なからずあった。

「ううん、ランクは低いし。単純なものよ」
「そっか」
「うん。だめね、初めてだから、ちょっと弱気になっちゃって」
「そんなことないよ。今までずっとチーム組んでやってたんだから、突然ひとりで任されたらそりゃ誰だって不安や緊張はあるよ」
「あ…うん。先生も緊張した?」
「? んー、そうだねぇ」

 はっきりとは思い出せないが、きっとそうであろう。
 そんな軽い返事にサクラは想像できないと笑ったし、その笑顔はやっぱり以前と変わらないようにカカシには思えた。
 だから、言いよどんだように見えたサクラの反応は、すっかり忘れてしまっていた。



 サクラが色仕事を引き受けたと聞いたのは、それからしばらく経ってからのことだった。



(20061214up)