カカシの家で食事を作ったのは単なる身の回りの世話の一環だったと言うのに、彼の体がすっかり回復してからも習慣化してしまった。
と言うよりも、食事をする中でどちらともなく言い出した、「ひとりよりも誰かと食べるほうがおいしい」と言ったありがちな言葉を律儀に実行に移しているだけにも思えた。
強制されたわけでも、遠慮がちに頼まれたわけでもない。むしろ強引なのはこちらのほう。
毎日スーパーのちらしを気にして、仕事をしながらぼんやりと献立を考える。野菜と見れば野菜炒めしか思い浮かばなかった頃よりは、随分とレパートリー数は増えたはずだ。やはり誰かのためにする料理は、上達もする。
カカシはいつだってサクラを出迎える。サクラも断られないのをいいことに、毎晩、ときどきは朝方にも押しかけて、向かい合って食事をする。
これではまるきりプライベートというものを奪ってしまっているのではと気がかりではあるけれど、ありがとねーと言う呑気な声にすっかり安心している。
鍵は預かっていない。恋人ほど近しい距離ではない。だけれど茶碗を置かせてもらうくらいには赦されている。
カカシのスケジュールを事細かに把握しているわけではない。任務に発つ日はなんとなくわかるし、あるいは直接告げられることもあるし、時には誰かの会話から知ることもある。いなくなるときも突然で、帰ってくるのもまた突然であった。
カカシはあれ以来、長期任務は請け負っていない。
もしまた命ぜられたとき、再び自分に告げて去っていくのだろうか。
(…いないのか)
5回目のプッシュにも、応答はなかった。
特に家を空ける予定はないと思ったのだが。
カカシの家のドアの前に立っても、気配を感じたことは一度とてない。一度聞いた事があったが、職業病かもねとのんびり返された。
せめてこちらから気配を晒しているのだから油断してくれてもいいのにと思ったが、呼び鈴を鳴らせば問題なく出てきてくれるので特に言及はしなかった。
5回。
5回鳴らしても、いっさいなんの反応もなければ、カカシは留守だ。
寝起きが悪いと思っていたカカシだったが、なぜかサクラが呼び鈴を鳴らすと、明らかについ先ほどまで寝ていましたと言った様子でも、必ず起きて出てくる。理由は分からなかったが、もし12歳の時分で知っていたのなら、きっと毎日迎えに来たのにと思うと悔やまれる。
今日買い込んでしまった食料品は、おとなしく自宅の冷蔵庫に収めよう。
(…でも、ちょっと買いすぎよね)
それでなくともカカシの家で食事をとることが増えている今、自宅の冷蔵庫に何か食材を置いておいても、食べきることができない。
なんならまたこれを持って明日の夕飯を作ってもいい。
諦めて引き返そうとした瞬間。
鼻についたのは、女物の香水の香り。
「…どうしたの?」
気配を消していたわけではないのに、なぜ彼は驚いた顔をしているのか。
そこにいたのは、香水の香りに似つかわしくない、カカシ。
「こんにちは」
「今日は早い、な」
「任務が早く終わったから」
にっこりと、自然に笑っているつもりだ。
「ごはん、作ろうと思ったんだけど」
買いすぎた食材の入ったビニール袋が、さっきよりも重く感じる。
カカシが気配を消していた理由が、なんとなくわかった。
いつでも歓迎されていたわけではなかっただろうことも、一緒に悟った。
カカシの困ったような顔が、すべての考えを肯定しているように思えた。
「先生、じゃあね」
背中を見せても涙をこらえたのは、最後の意地だった。
(20061029up)