「だけど先生、わざわざこんなこと言うために?」
「んー…」

 生憎満席だった一楽を諦め、飲食店が軒を連ねる通りで適当に入った蕎麦屋で、ずるずるとざる蕎麦をすするカカシにたずねる。
 なんだか先生と蕎麦屋とはひどく妙な気がする。甘味処ばかりをねだっていた自分からすると、少しだけ背伸びをしたような、そんなこそばゆい気分だ。

「俺が引き受けなかったから、もしかしたら直接サクラのとこ来るかもって思ったし」

 飲んじゃおうかなと誰に確認するでもなくこぼしたカカシが、やっぱり誰の返事を待つわけでもなく右手を上げて、冷酒を頼んだ。

「別に悪いやつじゃないんだけど、やけに真剣に見えたからさ。もしサクラにその気がなくても、しつこく押しかけてくるかもしれないだろー? だから、一応の忠告」
「大げさねー」
「まぁ、サクラは好きな子に一途だからね」
「そーよ、先生よく知ってるでしょ。脇目をふるヒマはないのよ」

 おそらくふたりして、同じ顔を思い浮かべていたのだろうけれど。
 その名前は出さずに、カカシは運ばれた冷酒を早速1杯やっていたし、サクラもサクラでざるに残ったそばをまとめてつゆに垂らしていた。

「だけどモテ期なんだって言うからねぇ。そいつの話じゃなくても、気がないときははっきりと言うんだよ。うやむやにするのはお互い良くないし。サクラは優しいからねぇ。断ったその後にやさしい言葉かけちゃいそうだし」
「ねぇ先生、なんだか話が見えないんだけど」

 小姑みたいよと鬱陶しげな視線を向けると、それまでニコニコと呑気に笑っていた顔が、急に引き締まったように見えた。
 そしてそれは、きっと気のせいではない。


「俺、しばらく里離れるんだ」


 ついさっきまでおいしいと思っていた蕎麦だったのに、なぜだかのどを通すのが急に億劫になった。









 店を出ると、頼りない外套に照らされただけの通りは、飲食店の灯りに手伝われても、それでもなお真っ暗だった。
 かすかな灯りにすがって歩く人たちを見ていると、まるで今の心境を具現化されたようだわとサクラは自嘲気味に笑う。

「ごめんな。きっと俺の自己満足なんだろうなぁ」

 任務のことを口にしてから急に押し黙ったサクラを気にしたのか、カカシがいつものように大きな手のひらで無遠慮に頭を撫でる。

「本当は心配かけるようなことしちゃだめなんだろうけどな。先生なのに、だめだねぇ」


 上忍であり、元暗部であるカカシに、里を長く離れるような難しい任務が舞い込むことは珍しくない。思えば当然のことなのだが、はっきりと告げられたのがはじめてであるからなのか、どういうわけかひどく不安だった。

 彼が任務をしくじることや、危険な目に遭うのではと言う不安より、長く会えないのだと言う事実にショックを受けている自分が情けなかった。
 彼が一体どんなつもりで、自分に打ち明けたのか。


「…心配なんかしてあげないわよ」

 泣いてはいけない。最後の意地でも。

「カカシ先生だもの。どんなになったってちゃんと戻ってくるの。絶対よ。決まってるじゃない」

 サクラの頭を撫でる手を止め、カカシも真剣にサクラを見つめてくる。
 出会った頃よりは随分と理解したと思っていたけれど、やはり暗い場所では、多くを隠した表情を推測するのは難しい。

「なんでもいいから戻ってきてさえくれたら、きっと師匠がなんとかしてくれる。もしできなくたって、絶対あたしがなんとかするから!」

 ひどく無茶苦茶なことを言っている自覚はあったけれど、最後までカカシは笑うことなく、言葉を受け止めていてくれたから。
 まるで睨み付ける様なまなざしだとしても、サクラも決してカカシから目をそらさなかった。



(20061007up)
そういやこのシリーズだと、サクラちゃんはいつサスケくんを忘れたんでしょうね…。