「サっクラ〜」
そんな間抜けな声で自分を呼ぶのはひとりしかいないとわかってはいたが、振り返ったサクラは声の主を確かめる。両手に抱えた、視界をさえぎるほどの資料の束が邪魔をして、それだけの動作にもわずかに時間を食ってしまった。
「カカシ先生」
歩みを止めれば、すぐにカカシが追いついてきた。何か言葉を口にする前に、あっという間に腕の重みはさらわれてしまった。
「持ってあげる。そのかわり先生とデートする気はない?」
それでは差し引きゼロにならないのに。
圧倒的にプラスに傾いたサクラは、そのままの勢いで頷いた。
「こないだモテてモテて仕方ないって言ってたろ。その後どう?」
「相変わらずー。さすがに何度目かの人はわかってくれたみたいだけど、一見さんはまだ夢見てる人もいるみたい」
綱手に頼まれた資料は、やはり綱手に用があるのだと言うカカシにそのまま運んでもらった。
カカシの用件は今度の任務の確認についてとだけしか聞かせてもらえなかったが、隣の部屋で作業をしている間に時折聞こえた声色はどこかのんびりとしていて、サクラは少しほっとした。
もちろん上忍である彼が、そう安心できるような任務を任されるばかりではないことくらい承知しているが、それでもやはり毎回毎回キリキリさせられてばかりでは身がもたない。
今日は厄介な仕事もなかったため、綱手のはからいでカカシとともにそのまま上がらせてもらった。
直属の上司でなくなった今、こうして仕事や修行の帰りに一緒に歩くことなどごくまれになってしまった。唯一里に残っている元班員として、それなりに気をかけてもらっているというのはわかるのだが、それにしても自身の任務に忙しいカカシと、医療忍術を学び始めたばかりのサクラとが顔を合わせる機会など、数ヶ月に数度、あるかないか。
「最近も忙しいんだ?」
「まあねー、大変な任務があればそれだけ、ね」
カカシが言っているのは先ほどの雑務についてだろうが、それだけではない。まだまだ修行は始まったばかりだったが、多くの忍をあてがわれるような大掛かりの任務などでは、そのぶん負傷者も多く出るし、治療するための人手も足らなくなる。そのようなときにはサクラでも簡単な傷の手当程度に借り出されもするのだが、いまだにカカシと遭遇したことはなく、その件に関しては少し安心していた。
あるいはサクラの及ばないようなひどい怪我でもしていたのなら別だが、この様子ではおそらく、ない。
「んー、じゃあもしかしたらサクラは覚えてないかもしれないんだけどね。うちの後輩がどうやらサクラにお世話になったらしいんだよ」
細身で背が高くてそれなりにいい男でね、と外見の特徴をいくらかあげてもらったが、記憶に引っかかるような男は思い当たらなかった。日によってはそれこそ指折り数えるのをやめてしまうくらいの患者を見るようなこともあるのだから、よっぽど突飛な容姿でもない限り、印象にも残らない。それなりのいい男レベルでは、すっかりかすんでしまうのだ。
「で、何が言いたいわけ?」
「まー早い話が、そのモテ期に惑わされる一人になっちゃったようで」
「…はぁ、」
「でね、つまりね、サクラとの間を取り持てと頼まれて」
「…ふうん」
みるみるうちに不機嫌になっていく様を冷静に感じていた。
デートだなんて魅力的なエサちらつかせて言葉巧みに誘い込みやがってしゃーんなろー!
つまりはつまりはかわいい後輩ちゃんにいいとこ見せてやろうって魂胆なわけねそういうわけね。
女としてどころか部下としてもその後輩には魅力で劣るだなんて。サクラは心底悲しくなって、隣を歩くのんびり顔の上忍をにらみつける。一体この後どんな高級フルコースをおごらせようか、そこまで考えを及ばせながら。
「先生はそれで引き受けてきたわけ?」
「まさか。そんなめんどうなこと頼まれるわけないでしょ」
「…は?」
「それにたぶん、俺が協力したところで、サクラが好きにならないだろうって思ったから」
先ほどまでの怒りはどこへやら、呆気にとられ、「いいヤツなんだけど」と付け加えておきながらも、さも当たり前のように言い放つカカシを見つめた。
「…どうしてそう思うの?」
「俺にはわかるの」
恋人でもないのに。でもおそらくそんな形式の関係の誰かよりも、きっとよっぽどこのひとのほうが、誰よりも自分のことをわかっているのではと錯覚してしまいそうなくらい、はっきりと断言されてしまった。
やっぱりこの笑顔は犯罪である。
つくづく自分はばかだなぁと思いながら、夕飯は一楽でもいいやと思い始めていた。
(060930up)