七海は、女子である。
 日常、ジャカンジャ相手にエルボーやら飛び蹴りやらをかます姿をたびたび目撃するので忘れがちだが、女子であるのだ。

 今日、七海がちょっとした怪我を負った。

 シノビチェンジをせずに挑んだ、対マゲラッパ戦。油断からか転倒してしまい、すかさずすねに一発食らったのだった。
 傍目にもたいした怪我ではなかったと判断できたし、第一七海自身もその後も大差なかったのでその場で駆け寄ることはしなかったが、その場をやり過ごしてから鷹介がすかさず七海の元へ近寄る。

「おい、大丈夫か」
「よゆぽんだよー。ちょっとすりむいただけ」
「見せてみろよ」

 そう言われて、七海が履いていた黒のハイソックスを少しずり下ろす。念のため、あたりを見渡してから吼太も駆け寄ってきた。

「うん、かすり傷かすり傷」
「だけど、おぼ研に戻ったらきちんと消毒しなきゃな。ばい菌が入ったら大変だ」
「もー、心配性だなぁ吼太は!」

 まるで幼稚園の先生のようないいぶりに七海がけたけたと笑う。戦いの後とは思えぬ和やかな雰囲気だった。
 だが、張り切って駆け寄ったはずの鷹介がいやに静かなのが気になるところだったが。

「鷹介?」
「…七海、靴下の跡、ついてる」
「…何が言いたいわけ」

 その鷹介のたった一言だけで、おそらく七海はすべてを察したし、吼太もいやな予感は感じ取っていたのだが。

「なんつーかお前、案外ムチムチだよな。つか、ボンレスハムみてえ」


 とりあえず、何かが起こったのだ。
 それは大きい音だったか、絶叫だったか、もはや吼太には、とにかくその一瞬の衝撃によって判断がつかなかった。

 ただ次の瞬間には、そこに七海の姿はなく、頬に真っ赤なもみじ柄を作って倒れていた鷹介だけがそこにいたのだ。





「…ってー…。ほんと一瞬意識失ったぞ、俺は」
「あのなぁ…」

 確かに七海も本気の本気というのは大人げなさすぎだとは思うのだが。
 とりあえずおぼ研に戻ってほほを冷やしながら、ぼやく鷹介に吼太は思わずうなる。

「本気じゃないにしろ、七海は女の子なんだから傷つくって」
「見たままを言っただけだぜ、俺は」

 吼太にしてみれば、七海はむしろスマートなタイプに思えるのだが。背も高くすらっとしているし、太っているということは絶対にない。連日ジャカンジャと戦って疲労の見える体は、むしろ絞られていっているような…。

「…あのなぁ、俺たちだって足がむくんで、靴下のあとくらいつくだろ」
「でも夕べも夜中にポテチ食ってたろ。俺の!
「(…そういうことかよ)」

 思わずため息をついた。一瞬あてがった氷をはずしたのを盗み見ると、若干紫色になっているのが見て取れた。

「…とりあえず、謝れ。ジャカンジャ相手に、チームワークの乱れは命取りだぞ。ポテチの件はとりあえず俺から七海に言っておく」

 不服そうにしながらも、とりあえずはしぶしぶでも納得した様子を見せた鷹介を横目に、やっぱり吼太はため息をつくしかなく。


 それからしばらくして、七海は帰ってきた。大量の買い物袋を両手に。
 そういえば以前から、とにかくいらいらしたときには、買い物に走る様子をたびたび見てはいたけれど…。
 それでもまったくすっきりしていないのは、顔を見れば明らかだった。

 七海は鷹介のほうをちらりと見ようともせず、そのまま七海専用の部屋へと入っていった。バタン!と勢いよくドアを閉めて。

 そんな様子を見ていた吼太がひじで促すと、鷹介もおそるおそる七海の部屋へと近づく。


 ノックを2回。

「七海?」
「…」

 しばらくは無言だった。だが懲りずにもう一度ノックをすれば、小さな声でなによと返事が返ってきた。

「ちょっと話したいこと、あるんだ。入ってもいいか?」
「…いいわよ、開けて」

 鷹介がゆっくりと扉を引くと、七海は買い込んだ(おそらく洋服であろう)戦利品を開けもせず、ベッド脇に置きっぱなしでうつ伏せている。

「おう」
「…なによ」

 けだるそうに顔を上げ、ようやく鷹介と向き合う。だが、相変わらず顔は見ない。見れない。だがそれはお互いにだった。

「…確かに、ちょっと無神経だった」
「…ちょっとじゃないわよ」

 明らかに不満そうな反論だったが、まだ冷静だった。七海もやはり派手にやりすぎたことを後悔はしていたのだ。
 自分から謝る気は100%無かったが、鷹介が頭を下げるのであれば…、とは、鬱憤を晴らすための買い物の最中から、ずっと思ってはいたこと。
 けんかなどしながらでは、ジャカンジャを相手にできないことなどわかりきっているし、第一そんな気まずい関係は七海だって嫌だったのだ。

「修業、付き合ってやるからよ」
「?あ、そう…?」

 唐突な誘いではあったが、不器用な鷹介なりの謝罪なのかと、そのときの七海は思っていた。
 一瞬後の、そのひとことさえなければ。 

「修業に励めばあっという間に痩せられるからよ、気にすんな!」


 実は最初からこっそりと様子を伺っていた吼太には、デジャブだった。


「鷹介のぶぁかぁー!!」


 バチィーン!とおぼろ研究所にこだまする平手打ちの音。
 再び倒れこむ鷹介。頬の色は、もう判別不可能だった。


(あーあ…)

 きっとこのあと泣き付いてくるだろう七海に、どんな慰めの言葉をかけてやるべきか、今のうちから考えるのが得策だった。

(2008/05/06)
針公式サイトで、シオシュンが奈央ちゃんの足をボンレスボンレス言っていたらしいと書かれていたので…。
シオシュンが言うなら、間違いなく鷹介は言うね!
3忍は一緒におぼ研に住んでいて欲しい。