「うわー、わー!吹きこぼれた!」
「ちょっともー、なにやってんのよ鷹介!…あれ?小口切りってなんだったっけ…?」

 台所はまるきり戦場と化していた。

 吼太は自然に浮かんでくる苦笑いとともに、仕事で疲れた体を休ませることなく、台所へ向かった…が、一歩足を踏み入れるやいなや、ものすごい剣幕の七海に追い出されてしまった。

「だめぇ!これはあたしたちがやらなきゃ意味がないの!」
「…ご、ごめんなさい」
「あ、でも行く前に小口切りだけ教えてv」

 この怒りの原因と、一方で突然料理に目覚めたその理由が吼太にはさっぱり見当もつかず、ただとりあえず、言われたとおりに小口切り指導をするしかないのだった。



 しかし夕飯の支度がないとなると、吼太の夕方の時間はとてつもなくヒマになってしまう。
 いつからか自然と料理係…というよりは、おぼ研の家事担当のような位置付けにされてしまったが、鷹介や七海に任せれば時間がかかるばかりで一向に片付かないうえに、事態が寄り悪化してしまうこともしばしばあったため、吼太も甘んじて引き受けるようになってしまった。元々両親がおらず、幼い頃から家事全般をこなさざるをえない状況であった吼太は、さほど苦に思うこともなかったし。

 結局なにもやることが思いつかず、ソファに腰掛けてなんとなくテレビを点けてみたものの、夕方のワイドショーは朝ちらっと見たニュースとたいして変わり映えもせず、ましてや主婦の節約術など…確かに気になるのは事実だが、若かりし青年の趣味として、素直に認めるにはいささか抵抗がある。
 そうして思うと、ハリケンジャーとしてでない尾藤吼太とは、なんとさびしい人間なのか…。
 そこまで思い至り、思わずため息をひとつ、こぼす。

 最近は地球の平和を守るため、要介護者のリハビリのため、と、思えば自分のために時間を使うことが無かった。そもそも忍風館に入学したあたりから、下界との接点を失いかけていた。それでもいつだって3忍でワイワイガヤガヤと過ごしていた。楽しかった日々。
 今だって、人のためと言いながら、そうすることが自分のためでもあるとは思うものの。こんなときに、趣味だなんだと言っている場合ではないにしても。

(…それにしてもさびしいよなぁ…)

 過剰なリアクションが鼻につく女芸人にうんざりしながら、リモコンでテレビの電源を切る。
 手元にあった七海お気に入りのいるかのぬいぐるみをぼんやりと抱えると、そういえば台所が静かになったなとふと思う。

「「お待たせ〜!!」」

 テレビも消し、いよいよ手持ち無沙汰になってしまったタイミングで。はつらつとした鷹介と七海の声。
 振り返ると、食卓の上には3忍におぼろを加えても食べきれないような量の料理。それもカレーやスパゲティ、ハンバーグに寿司、筑前煮に味噌汁と、あまりにもばらついたメニュー。

 一体何事か。そもそもどこからつっこんでいいかと考えあぐねていると、鷹介と七海が、並んで満面の笑み。

「吼太、いつもおいしいごはんをありがとね!今日はわたしと鷹介で頑張って夕飯作ったんだよ!」
「ほんと、いつも頼りっぱなしで悪いな。今日七海とふたりでやってみて、本当に大変さがわかったよ。今度からはもっと手伝うようにするからな!」

 5月13日、母の日。普段からの感謝を、ごはん作りでお母さんに伝えてみましょう…。
 大皿を自慢気に見せてくる鷹介が、レシピを参考にしたらしい雑誌の表紙に書いてあったコピー。

(ちょっと待て、母なのか!?俺は!!)

 とは、思っても決して言えなかった、笑顔の吼太であった。
(20070513 mother's say)